第694話


 アウレアイッラへのアヴニールの同行。

 突如としてそんな事を言い出した刃に、俺は其の真意に辿り着く事が出来ず、頷いた刃を静かに観察した。


「どうしてだ?」

「アウレアイッラに向かう戦力が足りないと思ったんだ」

「何だって?」

「シエンヌさん・・・」


 刃の発言に、自らアウレアイッラへ向かうと決意してくれたシエンヌは、眉間皺を寄せ、その整った眉毛を乱し、不満を露わにした。


(まぁ、シエンヌの不満は当然の事だが・・・)


 然し、刃も良く見ているもので、其の見立てに大きな間違いも無かった。


(ミニョンとフレーシュ、そしてシエンヌの参戦は心の底から感謝の気持ちしか無いが、戦力としては厳しいものがあるだろう)


 アウレアイッラの者達も力を貸してくれるし、他にもクロートがドワーフの一部を率いて参戦してくれるが、やはり一番戦力の少ない所なのは間違いなかった。


「なるほど・・・、な」

「・・・」


 確かにディシプルは今回の闘いで激戦区になる可能性は皆無。

 然も、戦力も十分といえる程保持していて、然し、その戦力を他に移せるかといえば否である。


(流石に過剰戦力とはいえ、フォールやリヴァルを借り出す訳にはいかないしな・・・)


 然し、アヴニールにならば話は別で、元々真田家はディシプルに世話になっているが、皆国籍はサンクテュエールのままなのだ。

 その家の戦力ならば、サンクテュエール貴族の娘である、凪の為に貸し出したとしても、ディシプル側に不満を言う権利は無い。


「本当なら・・・」

「・・・」


 自身が参戦したいといった様子の刃だったが、其れは絶対に許可の出来ない事だ。


(刃の気持ちを汲む意味でも・・・)


「分かった」

「父さん‼︎」

「アヴニールの力に疑うところは無いし、助かるよ」

「うん‼︎」


 俺がアヴニール参戦の許可を出すと、刃はしっかりと此方を見上げ、力強く頷いて来たのだった。


「大丈夫か?」

「キィッ‼︎」


 俺が問い掛けながら、その口吻を横から撫でてやると、アヴニールは分かったとばかりに、短く高音の鳴き声で応えて来た。


「シエンヌさん」


 現場では此方の策を立てるのはシエンヌとなる為、新たな戦力に付いては彼女に任せるしかない。


「ふんっ」

「頼みました」


 刃の発言への不満を鼻から発したシエンヌだったが、アヴニールが加わる事に関しては、それ以上の異は唱えて来なかった。


「凪」

「パパァ?」


 流石に自身の数倍はある体躯を誇るアヴニールの一挙手一投足に、凪は警戒を解く事は出来ずにいて、手を差し伸べる俺の後ろに隠れ、腰にしがみ付きながらアヴニールを覗いた。


「アヴニールだ」

「キィッ」

「っ⁈」


 アヴニールからすれば、其れは自身を紹介された事へ呼応しただけなのだが、未だ警戒を解けずにいる凪に取っては、威嚇にしか感じられない様子だった。


「・・・」

「キュゥゥゥ・・・」


 そんな凪の様子に、獣の其れとは次元の違う知性を持つアヴニールは、少し寂しそうに喉を鳴らし、凪の為に少しだけ距離を取ってやる。


「ぇ・・・」


 そんなアヴニールの様子に、腰に感じていた凪の掌の感触が、少しだけ緩む・・・。


「・・・」

「・・・」


 無言で見つめ合う凪とアヴニール。

 アヴニールは敵意は無いと示す様に、長い首を地面につけ、口先は自身の背後へと向けた。


「え・・・?」

「キュゥゥゥン・・・」


(首を差し出したか・・・)


 獣であるアヴニールからすれば、其れは服従の合図で、初対面の凪に其処迄する理由も無いのだろうが・・・。


(アヴニールは迫った決戦の時を理解しているのか?)


 そうとしか取れない様な、現状最善と呼べる凪への対応を示したアヴニール。


「っ・・・‼︎」


 凪も此れに応えない訳にはいかないと、一瞬だけ俺の腰を握っていた掌の力を強め、直ぐに放すと、アヴニールへと向かい歩み出た。


「・・・っ」

「・・・」


 地面へとしゃがみ込み、腕の震えを止める様に軽く振った凪が、掌をアヴニールの口吻へと伸ばす。


「良し・・・」

「キィィィ・・・」

「っ⁈」


 俺がしていた様に口吻の横へと掌を置き、軽く一撫でしてやった凪に、アヴニールが微かな鳴き声で応えると、凪の小さな背中が一瞬ビクリと震えたが・・・。


「良し良し・・・」

「キィッ」


 構わず凪が撫で続けると、アヴニールは短い鳴き声で応える。


「良い子ね?アナタ」

「キィ?」

「うちの子になる?」


 会話らしきものを始めた凪とアヴニール。

 凪から漏れた台詞に、黙ってられずに歩み出る小さな影が一つ。


「何言ってやがんだ‼︎」

「うちのご飯は美味しわよ?」

「キィ?」

「無視してんじゃねえ‼︎」


 それに構わずアヴニールを勧誘する凪に、刃は地面を踏み付けながら文句を言う。


「この子・・・」

「何だよ?」

「この子の名前は?」

「っ・・・」


 刃を振り返る事はせず、背中を向けたまま既に知っているアヴニールの名を問い掛けた凪。


「・・・アヴニールだい」

「そう?私は凪よ。よろしくね、アヴニール?」

「キィィィーーーィィィ‼︎」


 その双眸を自身の其れに重ね名乗って来た凪に、アヴニールは応える様に咆哮を上げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る