第677話


「おい」

「は・・・?ケンイチ様?」


 王城から出て、迫る決戦も理解せずいつもと変わらぬ風景の城下街を歩く俺。

 そんな俺に突如として掛かった声に振り返ると、其処には先程王城で別れた筈のケンイチが立っていた。


「・・・」

「どうかされましたか?」


 偶にしか会わないとはいえ、数年の時を過ごしても変化の無い俺とケンイチの関係。

 不機嫌な表情のまま此方を見据えるケンイチに、もうゲンナリする事も無く慣れと別の感情を抱く様になっていた。


(初対面の時は本当の意味での理解は出来なかったが、今目の前に凪の彼氏が現れたら、此処迄では無いだろうけど、俺も似た様な反応を取るかもしれないしなぁ)


 こうはならないと誓いつつも、そうなりそうな未来も想像出来、ケンイチの反応を単純に煙たがる事の出来ない俺。

 それに、今回は王城近くで声を掛けても良かったのに、謁見の間での様子からも分かる様に、ケンイチにも何か思うところがあるのだろう。


「・・・」


 俺は無言のケンイチに付き合い、静かに続きを待つ事にした。


「何があった?」

「え?どういう事ですか?」


 何か自身の想いでも語ると思ったケンイチからの意外な問いに、俺は少しズッコケそうになるのを堪えながらも、間の抜けた口調で問い返した。


「ジェールトヴァ大陸で・・・、だ」

「っ⁈」


 俺は謁見の間では、正確にチマーとのやり取りやあの子達との事は伝えず、ルグーンを倒した事と島の実情の説明をしただけだったのだが、まるで真実を知るかの様な的確なケンイチからの追及。

 俺は衝撃で取り乱しそうになるのも抑え、探る様なケンイチの視線に応えながらも、其の奥の真意を逆に探ろうとした。


「・・・」

「テメェは生意気だが、こんなに強情を言う奴でもねぇ。寧ろ、その歳のガキにしちゃあ、無駄に物分かりのいいジジ臭えところのある奴だった筈だ」

「そうですかね」

「まあ、別に言いたくねえなら良いがな」


 俺に興味が無いというよりは、適切な距離感を測ってくれている感じのケンイチ。


(此処ら辺は流石に大将軍という感じで、当たり前の事としてやってくれるんだよなぁ)


「俺だって其れを許して良いと思ってた訳じゃねえ」

「そうですか」

「テメェ・・・」


 端的に応えた俺に、ケンイチは真意を疑う様な視線に変わるが、これは仕方のない事だ。


(俺はチマーとの誓いもあるし、子供達の事は如何にかしようとは考えているが、此の世界から廃魔石を完全に無くす事は既に不可能だと理解しているんだよなぁ)


 きっと俺とケンイチには其処の差があって、ケンイチの様なタイプは其れすらも人の罪だと思っているだろう。


「自分はこれ以上、彼処に捨てられる様な子が増えなければいいですし、世界の全ての救われない子供達を救えるとも、環境の改善が出来るとも思っていません」

「・・・」

「ただ、俺の力で出来る範囲・・・。自身の誓い位は果たしたいと思っているだけですよ」

「ちっ」

「・・・」


 やはりケンイチは俺の答えには若干不満なのだろう。

 舌打ちをし、此方に表情を見せない様に背を向けた。


「・・・」

「・・・」

「凪の件は、きっちり相手方に挨拶をしたのか?」

「えぇ。凪も上手くやれそうですし、仲間も助けに行ってくれる手筈です」


 互い一拍の間の無言の後、話を変えて来たケンイチに、俺も違和感無く応える。


「そうか・・・」


 ある意味、自身を安心させる為に答えた内容を、ケンイチは噛み締める様に聞いたが、深く考え込む様な空気を纏った。


「勿論、何処迄いっても完璧は無いですし、残された時間で出来る限り詰めていきます」

「まあ、当然だな」

「はい」


 俺が続けた言葉に、ケンイチはそうでなければ自身が職を辞しても同行するという勢いの口調で応えて来た。


(今日は情緒不安定気味だな・・・)


 此の男でも、決戦を目前に控えるとこんな風になるという事に、俺は逆に安心したりもしたのだった。

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