第671話


 微妙な表情のローズの手を引き、進んで行った先に見えて来たのはもう見慣れてしまったラプラスの鍛え上げられた背筋と、其の先に僅かに覗いている梵天丸の体躯。


「お・・・」


 眼に入った其れに、条件反射的に声を掛け様とした・・・、瞬間。


「うっっっ・・・」

「がっっっ・・・」

「「あああぁぁぁーーー‼︎」」

「っ⁈」


 大峡谷一面に響き渡る二人の咆哮に驚いたローズの爪が、俺の手の甲に食い込んで来た。


(何やってるんだ⁈)


 ラプラスと梵天丸という、その存在そのものが異様な二人ではあるが、流石に響き渡る咆哮が大気迄震わせる状況に、此処に来る迄の異変の無い様子が嘘なのかと一瞬疑いたくなった。

 然し、2、3歩リズムに乗って助走をつけたラプラスは、弓を引き絞る様に巨木の様な右脚を振り上げ・・・。


「決めーーーるぅぅぅ‼︎」


 まるでサッカーのPKのシュートの様に、其れを振り下ろし・・・。


(あれは・・・‼︎)


 ラプラスはその足下にあった雷光の様な光を放つ魔石を、正にシュートの様に蹴ったのだった。


「っ⁈」


 勢いよく蹴り出された其れは、まるで落雷の様な一閃を放ち、梵天丸の右側約三メートル程へと飛ぶが・・・。


「止めてみせる‼︎」


 スーパーでグレートか、それともがんばりかは知らないが、そんな事を叫びながら魔石へと横っ飛びをする梵天丸。


「がっっっ‼︎」


 見事両掌で魔石をキャッチした梵天丸だったが、漏らした呻き声は獣が苦しむ其れ。


「まだだぁぁぁーーー‼︎」


 そんな梵天丸へと拳を振り、光弾を放つラプラス。


(いやいや、おいおい‼︎)


 此れがPKなのかは分からないが、其れは明らかなルール違反だろうと心の中でツッコミを入れたが・・・。


「凄い・・・」

「はい、お嬢様。あれがラプラス様です」

「そう・・・」

「・・・」


 ローズとアナスタシアの反応は俺の心の声とは全く違うもので、俺は聞き返したい気持ちもあったが、其れを何とか堪えた。


「ぐっ‼︎」


 ラプラスの放った光弾が、梵天丸の掌の中の魔石へと着弾すると、魔石は掌の中で踊り出し、其れを必死に抑える梵天丸。


「アナスタシア」

「はい、お嬢様」


 ローズは掴んでいた俺の手を離し、アナスタシアと互いに呼び掛け合いながら、興奮した様に瞳を輝かせている。


(俺の感覚がおかしいって事なんだなぁ・・・)


 確かに此のザブル・ジャーチに来てから、サッカーに出会った事は無いので、俺の持つ常識の中でのサッカーのルールなんてのは、此の世界の住人からすれば全く関係の無いものなのだろう。


「っ・・・」

「蹴散らしてしまえーーー‼︎」


 大凡サッカーをしている者の台詞とは思えないものを絶叫したラプラス。

 其れに呼応する様に、梵天丸の掌の中で激しく暴れる光球の光を纏った魔石は、やがて・・・。


「っっっーーー‼︎」


(梵天丸くんふっとんだ‼︎)


 梵天丸を吹き飛ばし、大地へと突き刺さった魔石に、俺は心の中で某有名な台詞を淡々と叫んだ。


「くくく」

「う・・・、ぐっ、やられたな」

「当然であろう?我に勝とうなどと、百年以上早いのだ」

「その様だな」


 得意気に胸を張り、地面に転がった梵天丸を見下ろすラプラス。

 二人のやり取りに、やはり此れはPK勝負だったのだと確信した俺。


(まぁ、俺もサッカーはやるタイプでも無いし、テレビで観たりもしないし、此方のトンデモサッカーの方がまだ漫画やゲームで親しみもあるが・・・)


 それでも、流石に呆れながら二人の様子を眺めたのだった。

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