第670話


「此処が・・・」

「あぁ。終末の大峡谷だ」

「そう・・・」


 転移の護符で降り立った先は終末の大峡谷。

 川底に広がる魔石により、彩り豊かな輝きを放つ流水に感嘆。

 峡谷の先の空と海の重なる絶景にもう一感嘆。

 同行しているローズは、久し振りのリアタフテ領からの外出という事で余計にだろうが、眼に入るもの全てに興奮して、そのルビーの双眸を少女の様に輝かせていた。


「楽しそうですね、お嬢様?」

「勿論よ、アナスタシア」

「司様も陛下に嘆願した甲斐がありましたね」

「ありがとう、司」

「いや・・・」


 ローズは瞳を輝かせて此方を見上げて来たが、アナスタシアの言う様な嘆願という程の事でも無く、今回の件はあっさりと許可を得られたのだが・・・。

 事の発端は、ジェアンに巨人族の郷とのコネクションを取って貰う為に、その書簡の内容の打ち合わせを国王と行いに王都に行くとローズに連絡した時に、ローズから同行の許可を得て来て欲しいと頼まれた事なのだが・・・。


(通常ならローズもそんな事を頼む訳無いのだが、前回ラプラスと神木の下で会った時のアナスタシアの宣言・・・)


 ローズには既に其の事を話したらしく、許可も得たとの事だった。


「・・・」

「大丈夫ですか?お嬢様?」

「ええ、アナスタシア」


 決して平坦とはいえない足元に、ローズの事を気遣うアナスタシア。

 当然の事として其れを行う二人の光景は、刻んで来た長い時間が現れていた。


(やはり、直接ラプラスの事を確かめたいのがローズの気持ちなのだろうな・・・)


 それは国王からしても理解出来るものだったのだろうし、リアタフテ家はケンイチという家主を王都の守りの為に常に送り出しているという事もあり、今回の件に、国王は迷わず許可を出してくれたのだろう。


「司‼︎あれは⁈」

「ん?・・・あ」


 ローズが空を指差し驚きの声を上げ、その指し示す先に視線を向けると、俺は空に二つの太陽が昇っている様な錯覚を覚えてしまう。


「スヴュート・・・」

「あれが?光の神龍なの?」

「あぁ・・・」

「復活したのですね」

「そうみたいだな・・・」


 突如として現れた襲撃者、スラーヴァによって狩られ、ムドレーツによって解体されるという中々の目に遭わされたスヴュート。

 然し、空を泳ぐ其の様子だけでは堂々であり、悠然としたものだった。


「・・・」

「・・・」


 俺と視線が打つかると、まるで迎撃態勢でも整える様に構え・・・。


「ギャオオォォォーーーォォォンンン‼︎」


 迫力だけは一丁前の咆哮を上げるスヴュートだったが、俺達三人の反応はというと・・・。


「「「・・・」」」


 最初は驚いていたローズでさえ、ほぼ無表情を顔面に貼り付けた、揃い揃った無反応。


(此処ら辺が、此奴が最弱の神龍と呼ばれる所以だろうなぁ・・・)


「・・・」


 そんな俺達の様子を見て、せめて一矢でも報いに来るかと思ったが、あっさりと踵を返したスヴュート。

 海の方へと去って行くスヴュートに、俺は心の中で俺達も其方に向かうんだがなとツッコミを入れてやるのだった。



「行くぞぉぉぉ‼︎」

「うむ。来い‼︎」


 スヴュートを懲らしめる為追った訳では無いが、海岸付近の広がる大地へと移動した俺達。

 その耳に届いたのは、先程のスヴュートのものより敵意は感じないが、明らかに危険なものを感じる咆哮。


「司?」


 声の主に覚えるのある俺とアナスタシアは特段の反応は見せなかったが、ローズは先程と違い明らかに表情に不安なものを浮かべて、俺の袖を掴み此方を見上げて来た。


「あぁ、大丈夫だよ」

「え?」

「知り合いのものだと思う」

「・・・え?」


 ローズに目的の人物のものであると告げる事は憚られ、若干事実を濁して伝えた俺。

 それを聞いた俺を見上げるローズの双眸からは、危機感を含む不安なものが消えたが、別の種の不安に染まっていったのだった。

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