第663話


(さて・・・、どうするか?)


 未だ闇の因子が残っているという事は、あれだけの闇のエネルギーを発したにも関わらず、此の身体には行使するだけの力が残っている可能性も有る。


(まぁ、逃げるのは其れを確かめてからでも遅くは無いか・・・)


「・・・」

〈おや?どうかされましたか?〉

「ん?何がだ?」

〈いえ、随分と楽しそうな笑みを浮かべられていたので?〉

「笑みを?俺が?」

〈ええ〉


 ルグーンの言葉に、自身の口元に当てた掌の感触に驚いたのは一瞬。


「ふっ・・・。そうだな」


 最悪ともいえる状況にボロボロの身体。

 ただ、先程此奴と対峙した時とは違い、自身が其処迄追い詰められているとは感じられず、俺は笑みを浮かべ、笑い声を漏らしてしまった。


〈此れは此れは・・・〉


 そんな俺の態度に対し、ルグーンも悠然と応えて来て、俺とルグーンは図らずも傍から見ると奇妙な光景を作り上げてしまっていた。


「・・・」

〈ふふ、どうされました?いらっしゃらないのですか?〉

「お前こそ?」


 口元を引き締め朔夜を構え、眼前の巨体を双眸で睨め付けた俺。

 ルグーンの煽りを受け流したが、朔夜を持つ掌には力を込めると、痺れる様な痛みが開戦を急かす様に伝わって来た。


〈そうですか・・・〉

「・・・」

〈では〉


 短く応えたルグーンの足爪の骨が大地に食い込むのが視界の端に映り、其れに応じる様に朔夜を翳す様にする。


〈行きますよ?〉

「・・・っ‼︎」


 怒りも興奮も感じない調子の声色と共に、ルグーンが牙と骨だけになった口元から発して来た闇の力。

 其れを朔夜で受け止めるが、其れは先程迄と一切劣らぬ強大にして強烈なもので、俺は足裏を地面に沈めるだけでは足らず、片膝を大地に突いたのだった。


「ぐぅ‼︎」

〈ふふふ、大丈夫ですか?〉


 思わず漏らした苦悶の声に、態とらしく心配などして来たルグーン。


「・・・」


(どうやら、力は失っていないらしいな・・・)


 其れには応えず、ルグーンの様子を確認する俺。

 チマーは其の生命力全てを爆発させた筈だし、今の此奴はゾンビの様なものの筈だが、力そのものに何の影響も無さそうだ。


〈次を・・・〉


 骨格だけの其れになっているのに、厭らしい笑みを浮かべていると感じるルグーンの相貌。

 そんな表情を感じさせ、振り上げた前脚を振り下ろして来る。


「っ‼︎」


 不快な風切音と共に迫り来る鋭い鍵爪を持つ前脚。

 俺は大地を蹴り、宙へと翔け出すが・・・。


「があぁぁぁ‼︎」


 標的を失い大地へと撃ち付けられた前脚は、俺へと放つ筈だった闇のエネルギーを空へと漏らし、其れが追撃の様に俺の背へと襲い掛かったのだった。


〈ふふふ、目的のものを手に入れられず残念ですが、如何やら問題無さそうですねぇ〉

「っ・・・」


 自身の行使した力に満足そうな声を上げるルグーン。


〈此処で真田様を倒し、楽園への道を開き・・・、その首を我等が神に捧げて差し上げましょう〉

「随分な物言いだな?」

〈不満ですかねぇ?〉

「さてな・・・」

〈ふふふ。まぁ、ご安心下さい。其れ等も、直ぐに真田様にとっては、今生での思い出と変わりますので〉


 俺にとって不吉な台詞を述べながら、厭らしい笑みを浮かべ、其の巨体の頭部鼻先から尻尾の先迄に闇のエネルギーを溜めていくルグーン。


「・・・」


 絶大な力を眼前で示され、絶体絶命といえる此の状況。

 然し、俺は動じる事無く、静かに右腕をルグーンへと向かい伸ばしたのだった。

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