第642話
「・・・っ」
見下ろす光景には、小柄な幼き少女と細身ながら長身といえる壮年の男性。
其れが視界に映るチマーとルグーンに対して、何の先入観も持たない者が抱くであろう感想。
当たり前に考えるなら、幼き少女であるチマーは、壮年の不満気ルグーンから逃げ惑う様に追い込まれ、想像する事に不快感しか抱けない状況に陥っているだろうが・・・。
「もう終わりかな?」
「ふ・・・、ふふ、いえい・・・、ぇ」
現実に俺の瞳に飛び込んで来ている光景は、悠然と佇んでいる少女の眼前に跪く、ボロ切れの様に千切れたマントの隙間から無数の傷が覗く、全身血塗れになった壮年の男という、常識的な概念からは外れたものだった。
「いい子だね〜・・・」
「ふ、ふふ・・・。そうですか?」
「ちゃんと無理するんだよ?」
嗜虐的な笑みを浮かべながら、一方的な暴力の続行を宣言し、ルグーンを見下ろすチマー。
「ふ、ふ、非道いおか・・・、っぅぅぅ‼︎」
そんなチマーの態度に、ルグーンが不満を述べようとした瞬間。
チマーは直前迄は何も無かったルグーンの眼前の空間を深い闇色に染め、下半身を其れに染められたルグーンは苦悶の表情を浮かべ、低音の呻き声を大地へと落とした。
「うぐぐぐ・・・・・・、ぁぁぁーーーっっっ‼︎」
別の世界から届く怨嗟の声の様な呻き声は、永遠に続く様に辺りに響き渡り。
もしかすると、深淵の影の底に閉じ込めている子供達にも届いているかもしれない。
俺はそんな風に考えていたが・・・。
「・・・」
其の状況を創り出しているチマーは対照的に、静寂とは此れといえる程に穏やかな様相で佇んでいた。
(だけど、ルグーンは本当に何を狙っているんだ?)
今回は不思議と増援を呼び寄せる事もせず、いつもの様に危機を感じた瞬間に迅速に撤退する事もしない。
然も、周囲をかなり警戒しているが、伏兵も何らかの術や装置を仕込んでいる感じも無い。
(やはり、此奴には何らかの隠された力でも有るのか・・・)
「キミさぁ?」
「な、何でしょ・・・?」
「さっさと、力を使ったらどうなの?」
「ふ、ふふ、其れは・・・」
「どうせ、『魂位相換』でも狙ってるんだろうけど」
「ふふ、ご存知でしたか・・・」
呆れた様な表情でルグーンを見下ろしていたチマー。
その口から出て来た魂位相換という名。
其れは俺を良くない意味で惹きつけ、其れが危険なものであると理解させた。
「魂位相換がキミ自身に使える事は確信が無かったけどね」
「失敗するとかなり危険で、一か八かの術なので、使用を微塵程も考慮した事が無かったのですよ」
「だったら、諦めたらどうだい?」
「・・・いえいえ、其れは無理というものですよ」
「・・・」
どんな手かは分からないが、其れを諦めないと宣言したルグーンに、チマーは先程迄は隠していた底冷えする様な視線を向ける。
「そもそも、魂の強さにボクとキミじゃ絶対的な差があるのに、其れを可能だと思ってる事自体が腹立たしいけどね」
「そうですかねぇ?ヒトとして生まれたからには大志を抱く事も良きかと・・・」
「分からない感情だね」
「そうですねぇ。貴女程の絶対的な存在には、私の様な矮小な者の苦悩など理解して頂けないでしょう」
「いやな物言いだね」
「其れが我等が父から与えられた、絶対唯一の真理ですから」
卑屈とはこの事をいうのだろうと思うルグーンの発言を、チマーは一切受け入れる事はせず・・・。
「キミだって、他の存在に比べれば、余程恵まれているけどね・・・」
「・・・」
「創造神から永遠を与えられ、彼女と違いそれなりの自由だって与えられていたし」
「・・・」
「何より、此の世界には明日を迎えたくても迎えられないボクの子供達の様な存在だって居るんだ」
「ふ、ふふ・・・」
「何がそんなに可笑しいんだい?」
「いえ、すいませんねぇ・・・。然し、あの様な、我等創造種と比べて下等な起源種の中でも、最下層に居る様な存在と私の苦悩を一緒にされましても・・・」
「・・・」
「ふふふ、申し訳ありません。機嫌を損ねましたかねぇ?」
後一撃でも喰らえば、全身が瓦解していまいそうな程の無数の傷を刻まれた身体で、然し、態とらしく下卑た笑みを浮かべながら告げたルグーン。
そんなルグーンに、チマーは一呼吸の間だけ其の漆黒の双眸を閉じたが・・・。
「さあ・・・。此れで終わりだよ?」
静かに終わりを宣告しながら再び開かれた双眸は、深淵とは此れという色に変わっていたのだった。
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