第638話


(チマーが暴れ出す前に、転移の護符で逃げた方が良いか?)


 ルグーンが余裕の態度を崩さないのは、自身の力を発揮する為という可能性もあるが、チマーに挑むにあたって何らかの策は用意しているだろう。

 幾つか想定出来る中でも、最も単純にして強力な策が子供達を人質にとるという事で、チマーにとって子供達の存在が特別であるという事は、以前のアッテンテーターでの一件でルグーンも理解しているだろう。


「とりあえず・・・」

「何だい?」

「此れを外させて頂きたいのですが?」

「ん?」


 耳に魔力を注ぎ、二人のやり取りに聞き耳を立てていると、ルグーンが外套の袖をめくり、妙な事を言い出したのが聞こえて来た。


「どうしたの?司?」

「いや・・・」


 瞳に魔力を注ぎ、ルグーンの動きを観察する俺に、モナカは心配そうに声を掛けて来たが、不安にさせない為なのも有るが、先ず状況が判明していない為、答えようが無かった。


(腕に何かが埋め込まれている?)


 ルグーンの腕には魔石の様な妖しい藍色の輝きを放つ鉱石が埋め込まれていて、ルグーンは其れを掌で掴み僅かに力を込めていた。


「・・・うっ」

「っ⁈」


 どうやら其れは直接肉体に埋め込まれていたらしく。

 ルグーンが力を込めて其れを引くと、其の鉱石が引き抜かれて、其れが直前迄埋め込まれていたルグーンの腕からは、深紅の鮮血が流れ出ていた。


「な・・・?」


 然し、俺が驚いたのはルグーンのそんな自傷行為に対してだけで無く、其れを行った直後に魔力を注いでいた瞳に飛び込んで来たルグーンの変化に対してだった。


「魔力が増してる?」

「ふふ、ええ」

「・・・」


 当然の様に俺の漏らした声を拾ったルグーンは、其れに笑みを浮かべながら応えて来た。


「此れは、ムドレーツ殿の開発したマジックアイテムなのですよ」

「・・・」

「流石に自身で抑えられる魔力には限りがありますし、此れを埋め込む事で、真田様とチマー様の巡回から逃れさせて頂きました」

「なるほどな」


 此奴が姿を現した今なら、此処最近の正体を隠していた侵入者がルグーンであるとは分かったが、そんな方法で姿を隠していたとは・・・。


(でも、そんな状況なら、尚更・・・‼︎)


 俺がルグーンの発言にアイテムポーチに手を当て、転移の護符を取り出そうとすると、チマーも其れを見て頷いていたのだった。


(そうだよな・・・。そんなマジックアイテムがあるなら、そもそも、寝首をかくなりした方が良いのだし)


 ルグーンの言葉を信じるかは別にして、挑戦するにしても闘い、勝利して目的を達したいからなのだろう。

 其れなら、流石により勝率を上げる方法を選択するだろう。


「司‼︎」

「おう‼︎」


 既に掌の中には転移の護符を握り、子供達の集合を待っていた俺。

 モナカの指示に従い子供達は集合していっているが、少し離れた位置にいるたった一人の子。


「あの子は・・・、新入りの」


 一人離れていたのは、最初に家族の捜索を諦めた子。

 此方の様子の異変を子供なりに感じ取ってだろう。

 最後のチャンスに賭けようとしたのかもしれなかった。


(でも、悪いが・・・‼︎)


「っ・・・。っっ」

「お・・・‼︎」


 冷静な発言をしていたが、子供らしい行動をみせる子。

 でも、残念ながら今は其れを許してあげれる状況では無く、俺は無理矢理手を引こうと其の子の下へと、呼び掛けながら駆け出そうとした・・・、刹那だった。


「司‼︎」

「っ⁈大楯‼︎」


 背中に飛び込んで来たチマーの怒号と、瞳に飛び込んで来た前方の異質な魔力の流れに、俺は反射的に俺達と離れた子の間に闇の大楯を詠唱していた。


「ふふふ、お見事・・・」

「っっっ‼︎」


 耳元に運ばれて来たのは不快な囁き声で、其の声の直後に前方に広げた闇色の隙間から、眩い閃光が覗き・・・、やがて其れが収まる。


「な、何が・・・?」

「確認されたらどうですか?」

「ルグーン・・・‼︎」

「ふふふ・・・」


 犯人であろうルグーンの揶揄う様な台詞に苛立ちを覚えるが、今は其れどころでは無い。

 俺が危険察知へと集中しながら、闇の大楯を収めていくと、その先には・・・。


「な・・・⁈」

「きゃあああーーーぁぁぁ‼︎」


 視界に飛び込んで来た光景に呆然と立ち尽くした俺の背に、俺と同じ光景を見た子の悲鳴が飛びん込んで来た。


(何があったんだ・・・?)


 首を傾げる俺の視界に広がる光景には、先程迄其処に居た筈の子が居らず。

 漆黒に染まっていた筈の大地が、鮮血の深紅に染め上げられているものだった。

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