第639話


(何があったかは分からないが、チマー対ルグーンの一対一の状況を作る事の方が勝利への近道だからな)


 あの子の身に何が起こったか調べるより先に、今はこの場を離れる事を優先する。


「衣‼︎」

「っ⁈」


 漆黒の衣で子供達を包み込み、転移の護符の範囲へと入れると、子供達は急展開していく状況に円な瞳をパチクリさせた。


「それで、良いんだ‼︎」


 チマーから背中に掛かった声に込められた底知れぬ怒りに、自身の判断が間違っていない事を理解する。


(子供達が居たら、本気で暴れられないだろうしな・・・)


 チマーを闘い易くする為、俺は全ての子供達を漆黒の衣で触れて包み込んだのを確認し、掌の中の転移の護符へと魔力を注いだ。


「・・・ん?」

「どうしたの?司?」

「いや・・・」


 俺の意図の一部は理解している様で、大人しくジッとしているが、俺の微妙な反応に不安な表情で此方を見上げて来たモナカ。


「どうしたんだい、司‼︎」

「どうやら・・・、マジックアイテムを阻害されているらしい」

「何だって‼︎雑な仕事を‼︎」


 チマーの怒りは流石に無茶が有るが、幾ら魔力を注いでも何の反応も示さない転移の護符。

 此の大陸自体には影響が無いのは実験済みの為、考えられるのは・・・。


「ルグーン‼︎」

「ふふふ、お気に召して頂けましたか?」

「っ‼︎」


 やはりというか、ルグーンの反応に何らかの手を使ったのを確信するが・・・。


(どうやって?いや、それよりもいつの間にだ?)


 姿を隠していた間にやったとしても、大陸にこんな大きな変化を齎す様な事をやっていて、俺もチマーも一切気付かなかったというのは妙な話だ。


「司‼︎」

「分かってる‼︎」


 チマーからの檄に応えつつ、次の手を考えるが、百近く居る子供達を門で飲み込むとなると、流石に俺の身が持たないだろうが・・・。


「やるしか無いだろう・・・、な‼︎」


 大人では無いのがせめてもの救い。

 俺はそう思い、子供達の足下の影に漆黒の扉を詠唱した。


「え⁈司⁈」

「じっとしてろ、モナカ‼︎」

「でも‼︎」

「大丈夫だ‼︎俺に任せろ‼︎」

「わ、分かったわ‼︎」


 俺からの言葉を完全に信用した訳では無いだろうが、状況が状況だけに従う事にしたらしいモナカ。

 他の子達も日頃面倒を見てくれているモナカが俺に従った為、大人しく魔法を受け入れる体勢に入っていた。


「っ⁈」

「ぅぅぅっっっ‼︎」


 子供達を影の扉から深淵の底へ飲み込むと、呼吸の仕方を忘れたかの様な苦しさが襲い掛かって来て、一瞬思考も止まりそうになるが、そんな俺の視界の端に二つの小さな影が映る。


「どうしたの⁈」

「皆んなー‼︎何処に行ったのぉぉぉ‼︎」


 まさかとは思ったが、聞こえて来た声に其の影が子供のものだと確信出来た。


「何故・・・?」

「え?」

「お兄ちゃん?」

「っ⁈」


 俺は間違いなく全ての子供達の足下の影に詠唱したし、この子達の足下の影にも詠唱したのだ。

 そして、其れは絶対だと言い切れたのだが、二つの影の子供の正体に、何とか動作をを止めない様にしていた思考回路へと現在の情報を全て流し、一つの答えに辿り着く。


「ルグーン‼︎」

「ふふふ、怖いですねぇ?」


 俺からの怒号に、本当は微塵とも思っていない様な事を口にするルグーン。


「この子達・・・、いや、あの子もだ‼︎」

「ふふふ」

「何をしたんだ‼︎」

「さて?」

「惚けるな‼︎」

「ううう・・・。お兄ちゃん・・・」

「ママ、怖いよぉぉぉ」


 俺のルグーンに対する怒号に小さな身体を震わせ、先程迄探し求めていた家族に助けを求める二人の子供。

 俺の魔法を受け付けなかった二人の子は、先程其の命を散らした子と同じ、つい最近チマーの下で暮らし始めた子供達なのだった。

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