第597話


〈先ずは、労を労った方が良いか?〉

「必要ない」

〈ふむ。何やら不満気だな?〉

「別に」

「そういう言い方をしないの、ヴァダー‼︎」

〈我は良き関係を築きたいと思っているがな〉


 内容はともかく、その口調からは心にもない事を言っている様にしか感じられないヴァダー。


(一応、最後に会った時には関係を回復したのだが、此奴とは本当に相性が悪いのかもな)


「・・・」

〈此処に来た用件は理解出来ているし、無言のままのお主に其れを伝える事も出来る〉


 どうせ、此奴との関係も最終決戦迄だろうし、もう直ぐ終わるのだから、それならいっその事そうしてくれと思わなくもないのだが・・・。


〈彼女は幸せに逝けたか?〉

「幸せに?」

〈うむ、そうだ〉

「其れは・・・、分からないな」

〈そうか・・・〉


 最後に会った時に此奴は救世主に付いて知っている風な事を言っていたが、こう聞いて来るのだから、あの態度は真実だったのだろう。


(そういえば、此奴は俺が此の世界に来てルーナと一緒に居るのを見てあの態度だったのか?それとも、此の世界の成り立ちに付いて知識を有しているのか?)


「・・・」

「彼女って誰?」

「アクア・・・」


 俺が其れを確認する為に、言葉選びに悩んで無言になっていると、アクアは其れをヴァダーの発言を快く思って無いと勘違いした様で、頬を膨らませながら、ヴァダーに食って掛かった。


〈此方の話だ〉

「何よそれっ。私を蚊帳の外扱いしないで‼︎」

〈聞いて嬉しい内容ではないぞ?〉

「そんなの分からないじゃない?」

〈その男の女性関係でもか?〉

「おいっ、ヴァダー‼︎」


 アクアとヴァダーの親子喧嘩の様なやり取りをBGMに、言葉を探っていた俺。

 然し、其れはヴァダーの不穏な一言で遮られる事になった。


〈事実であろう?〉

「何処がだ‼︎語弊しか無いだろう⁈」

〈そうは思わんがな〉

「・・・っ」


 何処かの誰かさんといい、此奴といい、訳知りの連中は人を苛立たせるのが如何にも楽しいらしく、ヴァダーへと向ける俺の視線は険しいものになっていくが・・・。


「私は別に構わないわよ?」

「アクア・・・?」

「司が何人の女を囲っていても、私の気持ちは変わらないわ」

「いや、そうじゃなくて・・・」

「だって、こんなに魅力的な王子様なんだもんっ」

「・・・」

〈仲睦まじくて結構だな〉

「当然じゃない。うふふ」


 アクアの言葉に湧き上がっていた怒気は何処かに行き、身を寄せられ漂う薫りに落ち着きを取り戻す。


「はぁ〜・・・」

「司?」

「ヴァダー」

〈何だ?〉

「お前は彼女と話した事があるのか?」

〈直接は無い〉

「え?じゃあ?」

〈飽く迄、彼女の伝えたい事を受け取っていただけだ。直接念話を通じてやり取りをすると、我の居場所を探られ、タブラ・ナウティカの封印を解かれる可能性があったからな〉

「なるほどな」


 ヴァダーの語る内容は腑に落ちるものだが、彼女が此奴に伝えた事が何なのかは分からなかった。


〈諸事だ〉

「え?何が?」

〈我が彼女より伝えられた事だ〉

「・・・」

〈お主には知る権利があろう?〉

「じゃあ聞くが、お前は何処迄知っているんだ?」

〈抽象的な問い掛けだな。其れでは何に答えれば良いか分からぬぞ〉

「彼女の存在。此の世界の成り立ち。そして、俺の事もだ。何処迄、知っている。それとも予知で見えているのか?」

〈其れならば、全てだ〉

「・・・」

〈ただ、予知は其処迄、万能では無いし、想像の部分も多いがな〉


 万能では無いというが、予知の力を持つ者の想像は、通常の存在の其れとは意味合いの違うものだろう。


(何より、此奴は俺の本当の年齢を知っているしな)


「其れを誰かに・・・?」

〈安心せよ。漏らすつもりは無い〉

「一つ言っておくが、俺はお前の事を其処迄信用していないぞ」

〈構わぬ。其の意味も正確に理解した〉

「・・・分かった」


 余計な事を漏らさせない様に、釘を刺そうとした俺の言葉を、アッサリと受け入れたヴァダー。


「大丈夫よ。私に任せておいて」

「アクア・・・」

「ヴァダーがいけない事をしたら、私がお仕置きするから」

〈ふむ。其れは困るな〉

「なら、ちゃんと司との約束を守るのよ?」

〈うむ。了承した〉

「・・・」


(アクアこそが、ヴァダーの弱点なんだがな)


 俺はアクアとヴァダーのやり取りに、毒気を抜かれてしまうのだった。

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