第581話


「ん?何だ・・・?」

「ええ、明るいですね?」

「あぁ」


 刻は黎明の終わりを告げ様とする頃だが、それにしても直前迄居たディシプルよりも明るいリアタフテ領。

 俺は不思議な感じもしたが、護符で降り立った先は屋敷の玄関前。

 逸る気持ちを抑える事など出来ず、俺は即座に眼前の扉を開いたのだった。


「ローズ‼︎」


 最初に辿り着いた鼻先に、屋敷のいつも香りが届いた瞬間。

 俺は最愛の妻の名を叫んでいた。

 声に呼応する様に、此方へと駆けて来る足音が屋敷の奥から響いて来て・・・。


「司‼︎」

「戻ったよ、ローズ」

「ええ。無事で良かったわ」


 領主であるローズは当然寝ずに此の事態に対応していたのだろう。

 駆けて来たローズは、正装に身を包んでいた。


「凪‼︎」

「・・・ぅ」

「大丈夫だ。疲れて眠っているだけだよ」

「そう・・・。良かったぁ」


 俺の腕の中で眠る凪に、ローズは一瞬心配から大きな声を上げたが、状態を知ると、自身と同じ桃色の髪を、優しく撫でてやったのだった。


「おお、戻った様だな」

「お父様っ」

「グラン様。颯」


 ローズに続く形でやって来たのはグランと颯。


「凪姉ちゃんは?」

「あぁ、大丈夫だよ」

「では?」

「えぇ、見事達成してくれました」

「そうか・・・。うん」


 俺の言葉に感慨深そうに頷いているグランだったが、表情を直ぐに戻し・・・。


「ローズ、あの事は司君には?」

「あ・・・。ごめんなさい」

「ふふ、仕方ないさ。凪と司君の事が第一だろう」


 グランの口振りでは、何やら此処で事件が起きているらしく、然し、二人のやり取りを見ると、其れは喫緊のものでも無い様に感じられた。


「どうかしたのですか?」

「とりあえず、移動しましょ?」

「ん?あぁ、そうだったな」

「うん」


 ローズは凪に優しい視線を向けながら、移動を促して来たので、俺も先ずは凪をベッドに連れて行く事にしたのだった。



「じゃあ、頼むよ。アン」

「任せるにゃ」


 凪が屋敷から出立してから、ずっと凪の帰りを待ちながら、帰った時にゆったりと休める様に、部屋の掃除を続けていてくれたアン。

 俺は凪をアンに任せて、ローズ達の待つ執務室へと向かうのだった。



「お待たせしました」

「ああ・・・、ローズ?」

「ええ、お爺様」


 俺の到着を待っていたローズ、グラン、そしてアナスタシア。

 不在のリールはというと、領内に陣を構える連合軍へと、領主であるローズの遣いで出向いているとの事だった。


「それで、何があったんだ?」


 俺は早速、本題に入ってもらう事にした。


「実はね・・・」

「・・・ん?」


 領主の椅子から立ち上がり、窓に向かい歩み出したローズ。

 俺は其れを視線で追うと・・・。


「な・・・‼︎」

「気付いた?」

「何だアレは⁈」


 ローズの背中越しに、窓から覗く景色。

 其処には普段なら、日頃から俺が魔法の練習に使用している神木が見えるはずなのだが・・・。

 今日、其処には・・・。


「何で、あんなに・・・、光輝いて?」

「そうなの・・・」

「いつから、あんな事に?」

「2、3時間前からかしら?急にあんな事になってしまって・・・」

「調査は?」

「私兵団から数名は派遣したのだけれど、採取等も何処迄やって良いのか・・・」

「確かに・・・」


 ローズの言葉通り、原因の分からない状況で、下手に何か手を出すのは危険だろう。


「それに、屋敷と街の守りも必要だから・・・、ごめんね」

「いや、無茶はしない方が良いさ」


 ローズ曰く、リアタフテ領とミラーシの境界線にも守人達の軍勢は現れたらしく、その為、本格的な調査は俺と連絡が取れる様になってからを考えていたらしい。


「ミラーシのディアの所には?」

「陛下が遣いを出してくれているわ」

「そうかぁ・・・。なら、戻るのを待つか」


 神木はそもそも、ミラーシのあるリエース大森林から採って来たもので、ミラーシの者の方が俺達より知識はあるだろうし、情報が届くのを待つしかないだろうが・・・。


「とりあえず、俺も行ってみるよ」

「ごめんね・・・、司。闘いから帰ったばかりなのに」

「気にするな。もし、守人達の仕業なら放って置けないしな」

「気を付けてね」

「あぁ」


 心配そうな視線を向けて来たローズに、俺はその髪を撫でながら頷き応え、屋敷を発つのだった。

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