第573話


(微妙な速度で浮遊しているし、確か速度を上げる事も可能と聞いているから、距離をあけても追われるか、最悪凪達の所に飛ばされる可能性がある)


 光球と凪達との距離も微妙で、上空に距離をあけて撃つ間に、向こうを狙われるのは避けたい。

 そう考え、覚悟を決めて地上へと翔る。


(門も有るが、そんなに出現出来る影も多くないし・・・、敵の増援もあれだけとは限らない)


 何より門に付いては掴まれている訳で、誘われている可能性は捨てきれないし、門を詠唱する為の闇の支配者よりの殲滅の黙示録は制限時間もあるし、真に危機的状況でしか切りたく無い手だった。


(あの光球の破裂は奴の思い通りで、何かが接触すれば破裂し、接触時の威力は中級の其れらしいからなぁ)


 地上へと翔る俺。

 足下眼前、一面に広がる光球に、降下の速度を緩め、闇の翼へと魔力を流す作業に集中力を増す。


(此れを躱し切らないと、話にならないからな)


 僅かな隙間も逃さない様に、眼球を動かすが・・・。


(幾つかを破裂させないと、先に進むのは無理かぁ)


 数発の破裂ならば、其処迄大きなダメージは無いが、其れに合わせて他の光球を寄せられると、かなりのダメージを覚悟しないければいけない。


「まぁ、覚悟は出来・・・」

「パパーーー‼︎」


 当然、覚悟なんて疾うに決めていた俺へと届いた凪の声。


「凪・・・、っ⁈」


 声のする方、軍艦の甲板上へと視線を向けると、幾重にも宙へと刻まれている魔法陣が凪の前方に広がっているのがみえた。


「何を・・・?」

「大丈夫‼︎」

「待・・・」


 俺が止める為の声を上げ様とした・・・、刹那。


「任せてーーー‼︎」


 闇色に染まる中、双眸の魔眼を妖しく煌めかせた凪。

 そして、其れに呼応する様に魔法陣が輝きを増し・・・。


「っっっ‼︎」


 魔法の発動を覚悟し、大量の誘発を覚悟して装衣に注ぐ魔力を増し、歯も食い縛り衝撃に備えた俺だったが・・・。


「な・・・」


 身体に感じたのは破裂の熱や電流を含む爆発的な全身にダメージを与える衝撃波では無く、髪を流す位の頬に当たる穏やかな夜風で、俺は唖然としていまう。


(此れがあの規模の複雑な魔法陣から生み出したもの?)


 どうにも考え辛い事だが、その穏やかな夜風に不思議と魔力の其れを感じる俺。


(だが、あの規模の魔法陣なら失敗したのなら、暴走して竜巻が発生するのが普通だが・・・)


 余りに弱い風は、だが・・・。


「ん・・・?」


 凪に向けていた視線の端。

 足下から上がって来ていた灯りが、徐々に視界の外へと運ばれているのが見え、視線を落とすと・・・。


「⁈」


 穏やかな夜風は、俺の足下に広がっていた光球を運んでいた。


「此れは・・・」


 余りの事態に言葉の続かない俺。

 それというのも、風は僅かな隙間をあけた光球達を打つける事無く均等に運んで行くのだ。


(こんな繊細な魔力の使い方が出来るなんて・・・)


 凪の今行っている魔力操作は、俺が直前迄やろうとしていた翼への魔力操作よりも複雑なもので、此の世界においては身体に魔力を流し、身体強化する事だけでも魔力操作能力の差は現れやすいものなのだ。


(此れは、日本生まれで肉体的には十代とはいえ、其処から大魔導辞典という特殊な手段で魔法を習得した俺と、ザブル・ジャーチで生まれ、其の時からずっと魔力操作をグランに師事した凪の差だろうな)


 然し、俺は我が娘の圧倒的な能力に感心したのも一瞬。

 次の瞬間には・・・。


「っっっ‼︎」


 翼に流す魔力操作に集中していたのを、大量の魔力を流す事に切り替え、凪へと向かい翔け出していた。


「餓鬼だと思っていたが・・・」


 其の背中に聞こえて来たナヴァルーニイの声色は、淡々としたものだが、其の奥底深くには言い様の無い不快感を秘めている事が見て取れた。


「此・・・、か」


 外耳孔に打ち付ける風の音に、ナヴァルーニイの声は途切れ途切れにしか聞こえなかったが、俺の進行方向先の地上を一瞬閃光が包み、何かの魔法かと思った俺の眼に飛び込んで来たのは・・・。


「やはり、隠していたか‼︎」


 地上に広がる九尾の群れ。

 その数は最初に現れた群れと同等。


「逃げろ‼︎凪‼︎フレーシュ‼︎」


 俺は思考の間を使わずに、軍艦甲板上に向かい咆哮を上げていたのだった。

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