第555話


 力の無くなった救世主の指を解き、そっと其の掌を胸の上に置いてやる。


「・・・」


 当然、何も応える筈も無く、其の純白の肌からは一切の生命の熱を見て取れなかった。


「・・・じゃあな」


 そんな様子を直視し続ける事は出来ず、俺は直ぐに背を向け、此処へ来た道へと歩き始めた。


「・・・」


 来た時とは違い、完全な静寂が周囲を包み、俺は軽くなった右掌を、痛みを求めるかの様に握りしめながら歩いていた。


「・・・っ」

「・・・戻ったんだね」

「アポーストル・・・、お前」


 やがて、出発地点の部屋に戻ると、待っていたのはアポーストル。

 その様子は、特段の変化が見えないのが特徴的で、不自然な程に感情を感じさせないものだった。


「どうする?直ぐに帰るかい?」

「・・・」

「急に戦闘開始って事は無い筈だけど、そんなに時間は掛けられないよね」

「アポーストル‼︎」


 一切、救世主の事に触れず、まるで彼奴が最初から存在していなかった様な扱いをするアポーストルに、俺は叫び声を上げ、其れを遮った。


「・・・」


 流石にアポーストルも、俺の怒りを感じてか、それともどんなに無かった事にしようとしても、確かに心には傷を負っているのか、何方にしてもアポーストルはいつもの様に茶化す様な態度は取って来ず、無言で此方へと視線を向けて来た。


「どうして、あんな結果にしたんだ?」

「僕が求めた訳じゃないさ」

「他の道だってあっただろう」

「・・・だろうね」


 此方へと向き、俺に応えつつも、アポーストルと俺の視線が合う事は無く、そんなにアポーストルに俺は・・・。


「お前が止めるべきだっただろう」

「知った様な事を言って・・・」

「彼女はお前のルーナだったんだろう‼︎」

「・・・っ」


 単刀直入に留めの一言を叩きつけると、アポーストルはその眉目秀麗な顔を歪ませ、何かを溜め込む様に地面へと向けた。


「せめて、此の世界が救われる日を見せる迄、そんな事だって説得出来た筈だ。俺ならそうしていたぞ‼︎」

「・・・」

「それに、もっと側に居てやっても良かっただろう?此処から出る自由を与えられた筈だろ?」

「・・・」

「お前は其れを出来なかったんだ‼︎」


 アポーストルを断罪する様な言葉を投げ続ける俺。

 自分でも何故、此処迄感情的になるのか分からないが・・・。


(多分此れは彼奴の為だけじゃない。・・・此れは、同族嫌悪だろうな・・・)


 ハッキリとしないアポーストルの態度の中に見えて来るのは過去の自分。

 詰まりは、抱いた怒りはアポーストルに対してだけで無く、過去の自分へのものもあり、怒りの奥底には、不満や不安、そして憂い等が混じり、言い様の無い感情が渦巻いていた。


「仕方ないだろう・・・」

「仕方ない?だって・・・」

「そうさ‼︎僕だってこんな風に創られてなければ、彼女の為に何か出来たさ‼︎」

「・・・」

「でも、僕はこんな風に生まれたんだ‼︎此れは僕の意思じゃない‼︎」

「・・・っ‼︎」


(此奴は・・・‼︎此奴を追い詰めるって事は・・・)


 アポーストルの論理は、まるで過去の自分の言い訳を聞いている様で、俺は奥歯を噛み締め、叫びそうになった怒りを抑える。


(そして、此奴は其れを分かっていて・・・)


 俺が言葉を続けられなくなるのを分かっていて、そんな言い訳をして来るアポーストル。

 そのやり口に余計に腹が立つし、寧ろ挑発と受け取って乗ってやってもいいのだが・・・。


「・・・」

「何だい?」


 俺はアポーストルの視線を、誘っていると判断し・・・。


「何でも無いよ」

「・・・っ」


 端的に話を打ち切り、その挑発には乗ってやらない事にした。


「司・・・」

「俺はお前を助けてやる理由が無いからな」

「・・・」


 そう言ってアポーストルに背中をみせた俺は・・・。


「アポーストル」

「・・・何だい?」

「俺は創造主を殺るぞ?」

「・・・」


 背中を向けたままの為、無言になったアポーストルがどんな表情をしているかは分からないが・・・。


「どうして、僕に・・・」

「別に・・・、何となくだよ」

「ふ〜ん・・・」

「ただ・・・」

「・・・」

「覚悟は決めておけよ?」


 俺が一方的に、自身の決意だけを告げると・・・。


「皆、自分勝手だよ・・・」

「ジェールトヴァ大陸の件、忘れるなよ?」


 不満げな声が背中に飛んで来たが、俺は構わず約束の件だけを確認し、其の場を去ったのだった。

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