第554話


「終着点って、どういう事だ?」

「・・・」

「っ⁈」


 質問には答えずに、救世主は絡める指の力を強めて来て、俺は掌に広がる凍える世界に、其処から身体が氷漬けになった様に固まってしまう。


「・・・」

「お、おいっ‼︎」


 然し、氷漬けになった俺の身体を再び動かしたのも救世主で、視線は合わせず、言葉も発さず、繋いだ手を引き、ベッドへと向かい部屋の中へと進んでいく。


「勝手な・・・‼︎」


 心の中で呟こうとした思いは声となり、口から零れ落ちたが・・・。


「うん・・・」

「っ⁈」

「勝手だよ?最期くらい勝手にさせてよ」

「お前・・・」


 そんな声に、やっと閉ざしていた口を開いた救世主。

 然し、其の内容は救世主にしか理解出来ないもので、俺は告げて来た言葉とその勝手さに胸の中に嫌な感覚が満ちて来た。


「勝手に・・・、自由に・・・」

「・・・」

「好きな人に側に居てもらって・・・」

「な・・・?」

「おやすみのキスをしてもらって、眠りに就く迄手を握っててもらうの」

「どういう事だ?何が?」


 混乱する俺には答えを示さず、淡々と告げて来る救世主。


「そのままだよ?私に終わりの時が来たの」

「お前は転生の輪の中には?」

「ううん。私はそういう風に創られていないから」

「じゃあ・・・」

「私はルグーンやチマー、そして此の世界の神と呼ばれる存在と同じ種の最初に創られた存在だから」

「え?チマーも?」

「ええ。彼女も其の身に魔石を宿していないわ」

「・・・」

「それでも、私の後に創られているから、殆ど無限に近い生を持っているのだけれど」


 それはそれで、チマーとの闘いの可能性を控えた俺には大変な事なのだが、今はそれどころではない。


「其れが、どうして今日なんだ?」


 俺の疑問は当然の事だったが・・・。


「別に今日という訳じゃなかったのよ」

「え?」

「今日迄、かなり無理をして来たし、私の身体もやっと休めると感じてるわ」

「・・・」

「此の世界に来て、かなりの力を消費して来たし、楽園と違って此の世界の環境は私には合っていないし」

「なら・・・」


 創造主を説得して、楽園に残る道を選べなかったのか?

 そう告げ様とした俺だったが・・・。


「今日を迎える為には、楽園には居れなかったの。司と会う今日を迎える為にはね」

「何で・・・?」

「好きだから」

「っ‼︎」 

「ローズよりも、アンジュよりも・・・、そして、私と同じ姿を持つ彼女よりも・・・」

「・・・」

「誰よりも、私が一番司が好きだから」


 久し振りに合った視線は、真っ直ぐに向けられる想いが込められたもので、俺は躱す事が出来ず、かといって其れに応える事も出来ずにいた。


「知ってる司?」

「何を?」

「此れは千年の刻を刻んだ初恋よ」

「俺とお・・・、君は、今日初めて会っただろ」

「違うわ。ずっとずっと昔から想ってたわ」

「・・・」

「今日の初デートの為に、その為に私は此の姿を保ったのだから」

「え?保ったって・・・?」


 妙な事を言って来た救世主に、そのまま問い返す。


「此の姿を維持する為に、かなりの力を使ったから」

「な・・・?そんな事して、身体は・・・」

「大丈夫じゃないわよ」

「何で、そんな事を⁈」

「だって、嫌じゃない・・・」

「嫌?何が?」

「初めてのデートが、皺くちゃのお婆ちゃんの姿じゃ嫌じゃない」

「な・・・⁈」


 とんでもない事実を、当然の様に告げて来た救世主は、いよいよ、ベッドに着き、その上に座ったのだった。


「・・・着いちゃったね?」

「あぁ」

「もう直ぐ、デートも終わりかぁ」

「俺がもし、もう・・・」

「違うよ、司」

「っ⁈」 

「今日のデートは、私と司の運命が重なった必然のものだったから・・・。もし・・・、なんて今日は来なかったから」


 違った未来を確認しようとした俺に、其れを直ぐに否定して来た救世主。


「ねえ、司?」

「何だ・・・?」

「おやすみのキスをしてくれる?」


 ベッドに横になり、俺を見上げて来た救世主。

 俺は目線を合わせる様に、地面に膝を突く。


「ふふ、やったぁ・・・」

「・・・っ」


 俺と顔の距離が近付くと、救世主は掠れた声で喜びの声を上げたが・・・。


(此奴、視線が・・・)


 救世主はかなり厳しい状態なのか、既に視力を失っているらしく、眼前に迫った俺と視線が合う事はなかった。


「良いか?」

「うん」


 俺の声に応え、其の双眸を閉じ、その刻を待つ救世主の唇に・・・。


「・・・っ」

「ん・・・」


 そっと自身の其れを重ねた俺。

 触れ合ったのはほんの一瞬で、直ぐに離れたが・・・。


「司・・・?」

「ん?」

「おやすみ、司」


 そう告げて来た救世主の絡めていた指は、其れに反する様に力を強めて来て・・・。


「おやすみ・・・」

「・・・」

「・・・ルーナ」

「・・・ぅ」


 俺からの最期の言葉を受け取り、しっかりと指を絡めたまま、その力は失われたのだった。

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