第549話


 飛行機能を搭載して以降、魔石の容量不足で眠りに就き、調整に入る事の多かったルーナ。

 現在は、その問題を解決する為に搭載した、新しい人工魔石とルーナの思考や感情を司る、フェルトの特別製の制御装置との接続を行う為の最終調整に入っていた。


(フェルトもルーナを早く起こしてあげたいと言っていたが、自身の人工魔流脈の作業もあって、それが叶わないと嘆いていたからな)


「どうし・・・、っ」


 そんな事情もあり、何故ルーナが此処に居るのかと驚いたが・・・。


「誰だ?お前・・・?」

「・・・」

「・・・ぅ」


 俺の言葉を聞き、ルーナの顔を持つ女は寂しそうな表情を浮かべ、俺は気まずくなってしまう。


(でも、此奴はルーナじゃない・・・)


 その真冬の雪の様な純白の肌も、静寂の夜の月の輝きを思わせる銀髪も、俺のルーナと同じものを持っているが、何度でも断言出来るのだ・・・。

 此奴は俺のルーナでは無いと・・・。


「私は・・・」

「・・・っ」

「私はルーナです。ルーナ=スパシーリチです」

「お前・・・、救世主か?」

「・・・」


 ルーナと名乗った女は、先程迄、俺と話していた救世主と同じ声をしていた。


(まぁ、そもそも他に考えられないのだが・・・)


 俺がこの空間に着いてから、天蓋からの出入りは俺とアポーストルのみで、かなり警戒し、集中して見ていたので、他の侵入者を見逃している可能性はゼロと言って良かった。


(此奴ならルーナの事を調べていても不思議では無いし、俺を動揺させる為にルーナの姿に化けているのか?)


「あまり、感心出来ないな」

「・・・」

「俺は、自分の大事な存在をそんな風に扱われて黙っている程、お人好しでは無いぞ?」


 流石にあんまりな救世主のやり方に、怒りを隠さない俺。

 然し、救世主は・・・。


「私が・・・」

「何だ?」

「っ‼︎・・・ぃ」

「・・・?」


 ルーナが本当に嫌悪を示す時の様な不満顔をみせ、外方向いてしまったのだった。


(自分がやった事だろうに・・・)


 そんな不満が此方にもあったが、とりあえずはこうしていても仕方ない。


「体調はもう大丈夫なのか?」

「・・・」

「血色は・・・、それで観れる容姿では無いな。とりあえず、自分の顔に戻れよ?」


 ルーナの持つその純白の肌からは、体調の変化を読み取る事は難しく、俺は救世主へと元の姿へと戻る様に促した。


「・・・」

「おい?」

「戻れません」

「いや、お前・・・」

「戻れないよ‼︎ルーナ=スパシーリチって言ったでしょ?私がルーナなの‼︎司のルーナなのよ‼︎」

「・・・っ⁈」


 俺が促し続けると、突如として声を張り上げて来た救世主。

 そして、其の純真無垢を体現する様な双眸の目尻には・・・。


(泣いているのか・・・?)


 俺は救世主の語る内容もだが、その輝く雫に驚きを覚えていた。


(確かにスパシーリチはルーナにも、フェルトにも伝えていないルーナの家名。然し、此奴は俺の深い部分も知っているだろうし・・・)


「どうすれば、信じてくれるのっ?」

「そう言われても・・・、な?」

「ぅぅぅ・・・」

「だって、お前も知ってるんだろ?ルーナは・・・、その・・・」

「司が初めて女の子に振られたショックを慰める為に妄想した私を、ゲーム会社のコンテストに送って生まれたんでしょう」

「・・・う」


 流石に面と向かって告げられると、衝撃を受ける内容に俺が気まずい表情を浮かべると・・・。


「あんな、司の良さも分からない様な子を好きになるから悪いんでしょ?」

「い、いや、そういう事じゃ無くて・・・、な」


 救世主はズレた慰めをして来たのだった。


「じゃあ、何故・・・?」

「創造主が私を創ったか?」

「あぁ、変だろ?」

「其れは、楽園の理だから・・・」

「楽園の理・・・?」


 救世主は俺が若干、自分の語る内容を受け入れる姿勢をみせた事で、落ち着きを取り戻し、目尻の涙を拭い、真剣な表情で其の視線を俺のものに重ねて来た。


「・・・っ」


 もう見慣れているつもりだったが、ルーナが眠っている事もあり、久し振りに見る其れは余りにも美しく、俺の身体は緊張で固まってしまう。


「楽園は、此の世界だけでは無く、全ての世の行き場を無くした妄想の逃げ場だから」


 然し、救世主は構わず楽園に付いての衝撃的な事実を告げて来たのだった。

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