第536話


(此奴が伝えない内容が何かは分からないが、得られない情報など無いも同じ)


 現状はシエンヌが武器を貰い終えたら、即国に帰り、国王とディシプル決戦に向けての準備に入る必要が有る。


(話は其れを終えて戻って来てからで良いだろう)


「・・・」

「・・・?」


 そんな風に考えた俺だったが、救世主が漂わせている微妙な空気。


(身を乗り出す勢いで応じて来たり、寂し気な空気を漂わせたり、若干情緒不安定なところが有る女だよなぁ)


「だけど、時間掛かりますね?」

「ふっ、そうか?」


 場を包む静寂が、漂う微妙な空気と合わさり、重苦しくなるのを感じた俺は、特段意味の無い会話を振ったが、ブラートの反応には少し驚きを覚える。


「心配じゃ、ないんですか?」

「まぁな」

「ええ?」

「ふっ、あの男を信じている訳では無いが、頭の事は信用してるからな」

「まぁ・・・」


 二人の関係は深いものなのだろうが、アポーストルもあんな風だが、中々出来る奴なのだ。


(まぁ、それを理解しても大丈夫という事なのだろうが)


「大丈夫ですよ。アポーストルがシエンヌさんに非道い事など出来ませんから」

「さてな?」

「本当です。彼とエピースコプスは友人でしたし、彼は紳士ですよ?」

「まぁ、紳士は知らないけどな」


 ただ、シエンヌの父親とアポーストルの関係迄は分からないし、何よりシエンヌがアポーストルと会った時の反応を見ると、余り信用出来る情報とは思えなかった。


「何にしても、待つしかない訳ですね?」

「だな」


 そんな風に納得し合った俺とブラートに・・・。


「ふふ」

「・・・」


 其れを眺めていたらしい救世主が、笑い声を漏らした。

 そんな様子に、俺が反応を示すべきではないだろうと、努めて平静でいると・・・。


「あっ・・・。すいません」

「・・・別に謝る必要は無いだろう」


 救世主が謝罪をして来たが、此れにも素っ気なく返す。


「そ、そうですか?」

「あぁ」

「ふっ」


 今度はそんな俺と救世主のやり取りを見て、ブラートが笑い声を漏らす番の様で、其の笑みは何処か楽し気で、優しさを感じるものだった。


(まぁ、基本的にこの人は仲間と認める人間には優しい人なのだけど)


 俺に対しては嬉しく思うし、ブラートに取っては救世主は特別な存在なのだろう。


「ブラートさんのお母さんは・・・」

「ん?どうした?」


 俺の中に有る疑問を問うて良いのか、俺が言葉を詰まらせていると、ブラートは楽し気な笑みのまま視線を向け、其れを促すかの様な口調で語り掛けて来てくれた。


「マーテルさんっていうんですよね?」

「ああ。そういったと言う方が正確だろう」

「え?」

「もう、逝っているからな」

「あ・・・、すいません」

「ふっ、もうかなり昔の事だ。気にするな」


 そう言うブラートからは、悲しさや怒りは感じられなかったが・・・。


「どうして?・・・っ‼︎」

「・・・」


 俺が理由を問い掛けた・・・、次の瞬間。

 表情は変えなかったが、纏う空気感だけは鋭く底冷えするものに変わった?


「ブラート・・・、さん」

「ふっ、すまん」


 ブラートの変化に自信の無かった俺だが、本人がいつもの感じに戻り認めた事で、やはり其れが読み間違いで無い事を理解した。


「い、いえ、俺の方が・・・‼︎」

「いや。もう、ケリの着いたものだと思っていたが、まだだったんだな」

「・・・」


 それと同時に俺は慌てて謝罪をする。

 其れは、ブラートとの関係を壊したく無いという俺の心が、反射的に発させたものだったが、ブラートは自嘲するな表情をみせただけだった。


「それも又、私の力の無さにより出た結果ですね」

「ふっ、そんな話では無いさ」


 エピースコプスの話の時の様に、ブラートへと謝罪をして来た救世主だったが、ブラートはシエンヌの時とは違い、あっさりと救世主の言葉を否定した。


「そういう話になるって事は・・・」

「ああ、そうだな。母も宿命の輪の中で逝った」


 ブラートの反応は気になるが、此処迄来ては最後迄話を聞きたい。

 その思いから、俺は救世主の発言の奥に有るものを問うと、ブラートは其れを冷静に肯定してくれたが・・・。


「仇はナヴァルーニイだ」

「・・・っ⁈」


 宿敵と呼べる者の名を口にした時には、其の双眸の奥には先程の残り香の様なものがみえたのだった。

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