第537話


「どういう経緯か、聞けますか?」

「ああ。とは言っても・・・、な」


 答え辛い問いなのは分かっていたが、ブラートの表情は微妙なものになった。


「ブラートさんが、ナヴァルーニイの母親を討った事が関係有るんですよ・・・、ね?」

「勿論無いとはいえないが、俺が奴の母を討ったのは母親が殺された10年以上前だからな」

「バレなかったんですか?」

「いや、俺を犯人と知っていた」

「・・・時期を待ったとか」

「それも無いな。母と俺は二人暮らし、一族全てに狙われればいつでも殺されていたし、待つ意味は無い」


 そうなると、いつでも殺れるから放って置いたと考えられるが、意味が無いというのは確かで、放置して置けば、その後に他の者も狙われる可能性が高い。


「余程、自分達の力に自信が有ったんですかね?」

「ふっ、基本的にエルフ族は傲慢な者が多いからな」

「そうですか」


 敢えてだろうが、傲慢という言葉で自身の同族を表現したブラート。


(ナヴァルーニイ辺りだと、誇り高いとか、気高いとか言いそうだけど、母親の事が無くても上手くは行かなかっただろうな)


 二人の対比にそんな事を思ってしまった。


「それだけでは無いです」

「ん?」


 そんな事を考えていると、話に割って入る間を探る様に、声量を落とし、透明な掠れた様な声を掛けて来た救世主。


(透明なのに掠れたってのは此れ如何にってな)


 そんなどうでもいい事が頭を過ぎる。


(まぁ、ブラートが宿命の輪の中の出来事と言った時点で、此奴が関係しているのは分かっていたしな)


 不思議と冷静で居られたのは、此奴が俺とブラートのやり取りを無言で見ていたからだろう。


「じゃあ、どんな理由が有るんだ?」

「それは・・・」

「悪いが確認出来ない情報に価値は見出せない」

「すいません」

「謝る必要は無いよ。ただ、もう直ぐ、アポーストルも戻るだろうし、そうなればこういうやり取りを見て、彼奴がまた面倒な反応をみせるだろう?それは避けたい気分なんだ?」


 俺の言った言葉に嘘は無く、今日は色々有り過ぎて、人から見た感じでは気付かれ無いだろうが、正直なところ疲労困憊なのだった。


「それは・・・」

「ん?」

「・・・っ」


 天蓋越しに見える影は、微かに震えている様にもみえるが・・・。


(制御装置は見当たらないが室温は寒く無いし、先程迄は情緒不安定なところは有ったが、健康面に問題が有る様には感じられなかったが?)


 俺の発言を不遜に感じて、怒りで震えているのかと思ったが・・・。


「そうですね・・・。ちゃ・・・、ばっ」

「・・・」


 自分に言い聞かせる様にし、震える腕に力を込める様に影が動き、一拍の間を置き、此方へと視線を動かすのが見て取れた。


「すいません、お待たせしました」

「いや・・・」


 決心をした様な口調は、今迄のどの言葉よりハッキリとしたもので、若干身構えてしまう。


「何から話したらいいのでしょう・・・」

「・・・?」


 そう言って悩む様な仕草が感じられたが、その視線は話相手の俺では無く・・・。


「ブラートさん?」

「ふっ」


 俺の隣で、此方の邪魔をしない様に、静かに佇んでいたブラートに向いている様だった。


「俺は何を伝えられても構わないさ」

「ブラートさん・・・。良いのですか?本当に?」

「ああ。俺は司になら自身の宿命を伝えられると思っていたし、其れを秘匿し続けたのは貴女の事を考えてだ」

「ありがとうございます」


 まぁ、ブラートの母親の事を話すのだし、ブラートに許可を得る事は不思議では無いし、其れがブラートの今迄踏み込まなかった領域の話なら尚更だろう。


(ただ、ブラートと救世主は互いに気を遣い合う関係性なのか?)


 俺からすると、ブラートは救世主の使徒的立場で、その為の情報の秘匿だと思っていたのだが、救世主に対して気は遣っている様だが、独自の判断を禁じられている感じは無い。


(まぁ、それもアポーストルへの反応を見ると、連絡もしてない状況みたいだし、独自の判断は数々の状況で必要なのだろうが)


「先ずは・・・」

「ブラートさんの母・・・、マーテル。彼女に私が託した『ヂェーチィ』の話からしましょう」

「種・・・?」

「ええ。此れは、私の持つ特別な力の話です」

「・・・っ⁈」


 淡々と告げて来た言葉に、俺は全身が固まってしまう。

 然し・・・。


「・・・ふっ」


 眼球だけを何とか動かし隣を確認すると、ブラートはいつも通りのニヒルな笑みで応えてくれたのだった。

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