第519話


「さて・・・」


 夜の闇に溶け込みながらも、地上を魔力を注いだ瞳で見渡す。


(俺達の進行して来た方角は、明らかに警戒の僧兵が減っている)


 幾ら、その都度処理をしながら来たとはいえ、仕留めた者が復活する訳では無い。

 僧兵の交代の時間には点呼も有るだろうし、それ迄には侵入して仕事を終えていないと意味が無い。


(いや、正確には作戦の失敗というべきだな)


 そうなって来ると、順調に進めた様で、残り時間は結構厳しいものになっていた。


(建物の屋根は・・・、破るのは無理か・・・)


 側面の壁も強固な物だったが、見下ろす屋根も其れに劣らぬ物の様だった。


(策としては執行人による紅蓮の裁きを時間差で発動させ撹乱、その隙を突いての侵入とかが単純ながら効果的か・・・)


 空からこのまま大槍を降らせ、螺閃で建物を半壊させるのも無くはないと思うが、流石に察知される可能性が高いと、シエンヌに提案するのを止めておいた。

 そうなると使用するかは別にして、遠隔発動出来る魔法を数発屋根の部分に仕掛けておくのも悪くないと思い、地上を警戒しつつも屋根へと近付く。


(時間は少ないし、こういうのは考えるより行動で良いな)


 そう思い、屋根に距離を置きつつ、点々と詠唱を行っていく。


(一応7、これ位で良いな)


 詠唱の設置を終え、地上の僧兵の配置を頭に入れる。


(策はシエンヌに任せるとしようか・・・)


 そんな事を考えながらも、頭に入れた僧兵の配置だけは忘れない様にする。


(此れを忘れたら、流石にまたあの視線を向けられるだろうしなぁ)


 脳裏に浮かんだシエンヌの、真紅の炎の様な、然し凍える様な冷めた視線。

 其れになのか、それとも明け方の寒さになのか、身震いを覚える身体に、全身を振りながら仲間達の待つ方向を振り返ると・・・。


「な・・・⁈」


 眼前に現れた、直前迄頭に過ぎっていたシエンヌとは対照的な双眸に、俺は短く声を漏らし、絶句してしまう。


「やあ」

「・・・」

「久し振りだね?司」


 相変わらずの優男振りに、先程迄の緊張感が失われ、折角、頭に入れていた僧兵達の配置が一瞬で頭から消失してしまう。


「お・・・」


 やっと絞り出した一音を・・・。


「元気そんで何よりだよ」


 逆に意識的と疑いたくなる様な呑気な口調で遮った男。

 特徴的なウェーブの掛かった銀髪と、その隙間から覗く、一切この男に似合わない純真な青い双眸。


「アポーストル‼︎」

「ふふ、声が大きいよ?司?」

「・・・っ」


 アポーストルからのツッコミに、冷静さを失っていた俺は、キレそうになるが、何とか踏み止まる。


(お前にだけは言われたく無い‼︎)


 俺の反応はこれ迄の此奴との経緯を考えると、其処迄理不尽なものでも無いだろうし、少なくとも逆ギレというものでは無いと自信を持って言える。


「まあ、僕が結界を張っているから、外の人達には声は疎か、姿も見えていないのだけどね」

「・・・っ⁈お・・・」

「うん。本当さ‼︎」


 アポーストルの発言に、声を潜めながら再確認し様とした俺の発言を遮り、一瞬だけ態と一番近い僧兵へと向き、声を張り上げたアポーストル。


「・・・っ‼︎」


 そんなアポーストルの行動にも、此奴の視線の先の僧兵は一切気付く様子は無く、俺が奥歯を噛みしめてしまうと、不快な音が耳に直接飛び込んで来た。


「お前、どういうつもりだ‼︎」

「どういうって?」

「約束したのに連絡は無視し続け」

「約束?したかな?」

「避ける様な行動を取って」

「恋愛は追われたい派なんだよ?」

「挙句に行方を晦ますなんて」

「ミステリアスな雰囲気に惹かれるでしょ?」

「何年か分かってるのか?」

「歳の事は言わないで欲しいな〜?」

「お前なぁ・・・‼︎」

「ふふ、でも良いじゃない?再会出来たんだし?」


 俺の打つける怒りを、理由になら無い内容ではぐらかしていったアポーストルは、最後にはこの状況を究極ともいえる発言で結ぼうとして来て・・・。


「・・・」

「ふふふ」


 其れに呆れ返り絶句した俺に、4年の歳月が流れても、相変わらずの笑みを浮かべて来たのだった。

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