第482話


「・・・アヴニール」

「キュイ?」

「気にすんな。俺の力不足でこの結果になったんだ」


 此処は試合会場から少し離れた場所。

 人気は無く、存在するのは刃とアヴニール・・・、そして物陰に隠れて様子を窺う俺だけだった。


「彼奴にも悪い事したなぁ・・・」

「キッ」

「何だよ?そんな事無いってか?」

「キィーキッ」

「・・・お前なぁ」


 一人と一匹の話では、颯に申し訳ない気持ちを持つ刃に対して、アヴニールはディアに対してだろうが、明確な敵意を示していた。


「キィ・・・」

「何だ?もう行くのか?」

「キッ」

「もしかして・・・?」


 自身の役目は終わったとばかりに、アヴニールが帰ろうとすると、刃は自身の発言が気に入らなかったのかと、心配になった様だ。


「キッキッ」

「そうかぁ・・・。なら良いんだけど」


 ただ、アヴニールは気にするなとでも言う様に声を上げ、翼を広げ・・・。


「キッ」

「ああ、あんがとな」


 刃からの礼を背中に受けながら、空へと翔け出していったのだった。


(ん・・・?)


 アヴニールの大きな気配の動きに、身を潜めていたのか、小さな気配が現れ・・・。


「ねぇ、アンタ・・・」

「え?・・・お前は」


 現れた気配は俺の良く知るもので・・・。


「どう、弱い者イジメは楽しかった?」

「何だと‼︎」

「ふんっ、私に対しては調子に乗れるなんて、女だからって馬鹿にしてるの?」


 其の容姿だけで無く、強気な態度は母親譲り、凪が刃をしっかりと睨みつけていた。


「・・・っ」


 それを受ける刃は、颯を傷付けた後ろめたさも有るのだろう。

 その視線から逃れる様に、視線を逸らした。


「弱虫泣虫の颯を倒したからって、調子に乗るんじゃ無いわよ」

「弱虫?泣虫?だって・・・」

「ええ、そうよ」


 実の弟に対しても容赦の無い凪の発言に、刃の様子は微妙に変わっていく・・・。


「ふざけんなっ‼︎」

「何よ‼︎大きな声なんか出したって、怖くなんか無いわよ‼︎」

「怖がって貰いたくなんかねぇやい‼︎そもそも、真面目に試合してもねぇ奴が、ちゃんと闘った彼奴の事を侮辱すんな‼︎」

「・・・っ」


 今度は凪が後ろめたさを示す番で、睨みつけていた視線を一瞬逸らしたが・・・。


「ガキに何が分かるのよ‼︎」

「ガキって何だ⁈お前だってたった一つ違いだろうが‼︎」

「そういうところをガキって言ってるのよ‼︎」

「何だと‼︎」


 凪からすれば大人達の期待に応え、自身の立場や颯の立場を考えてとった行動であり、其れを刃に否定される事は不満だろう。


(でも、何方の言い分も間違いでは無いが・・・)


 刃と凪、勿論颯もだが、其々に育った環境の違いが有り、これ迄もそしてこれからも、彼等の辿る道筋は全く違うものなのだ。


(同じ男で家を継ぐ颯と刃だって、片や名門貴族を継ぎ、片や取り潰しになる一代貴族の跡取り)


 颯を勝たせる為の大会であろうが、刃からすれば自身の力を、それこそ真田の力を示す為に戦場に立ってくれたのだ。

 対する凪だって、間違い無く3人の子の中で最強である事は間違い無く、こんな状況になるなら自身が刃を倒しておけば良かったと思っているのだろう。


「本当の子じゃ無いくせに・・・」

「・・・っ‼︎」

「パパの子は私と颯だけ‼︎」

「・・・」


 凪の言葉に反論を言い掛けるが飲み込み、俯き自身の足下だけを見る刃。


「パパが愛してるのはママだけよ‼︎」

「そんな訳有るか‼︎」

「何ですって・・・‼︎」

「父さんが一等好きなのは母さんなんだ‼︎お前達だって真田になれないくせに‼︎」

「・・・っ‼︎」


 反撃の言葉に今度は凪が言葉に詰まる番。


(ただ、此れは結局全て俺の責任なんだ・・・)


 自身の軽率な行いが生み出した状況の所為で苦しむ子供達。

 

(止めるべきだろうが・・・)


 ただ、それでも眼前で繰り広げられているのは、子供の世界の話。

 俺の責任だと飛び出していく訳にもいかず、無力なまま立ち尽くしていたのだった。

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