第447話


「でも、やっぱり刃様はすごいです」

「うん、そうだよな」

「ん?そうか?」

「そうですよっ、刃様のお父様もすごい人ですし」

「へっへっへっ、ま、まあな」


 男の子達からの羨望の視線に、刃は後頭部を掻き、分かりやすく照れている。


「うちの父ちゃんは軍にいるけど、あんなすごい魔法使えないし・・・」

「だよな。うちも、手柄なんて立てた事無いよ」


 男の子達が自分の父親と俺の事を比べ、羨望の中に少しの寂しさの様なものをみせると・・・。


「そんな言い方するもんじゃないぞ、ファン、グロ」

「刃様・・・」

「でも・・・」

「2人の父ちゃんだってすごい人だ」

「「・・・」」

「ファンの父ちゃんは嵐を読む腕は一流で、商船の乗組員さん達はいつも助けられてるって言ってるし、グロの父ちゃんは街の異変には直ぐに気付いて、この間、一人暮らしのお婆さんが病気で家で倒れていたら、一番初めに気付いて助けられたって、うちの母さんが言ってたぞ」

「「刃様・・・」」

「皆んな其々一等賞で良いんだ。胸張って父ちゃんみたいになれる様に頑張れっ」

「「はいっ」」

「へっへっへっ」


 ガキ大将の器は持っているのだろう。

 2人の男の子達は刃からの言葉に力強く返事をし、2人の女の子達は双眸の奥にハートを刻みながら眺めていた。


「よしっ、行くぞっ」

「「「「はいっ」」」」


 刃を先頭に、遊びへと駆け出して行った子供達。

 俺はその背を見送りながら、息子の真っ直ぐな成長に、目尻に光るものを溜めながらも・・・。


(レザールは意味も分からず、親の周りに居る貴族の噂話を言ったのだろうが、刃の反応は・・・)


 何でもない風にツッコミを入れた刃だったが、その内容とあまりに堂々とした態度に、俺は不安なものを感じたのだった。



「あら?こっちに来るなんて珍しいわね?」

「あぁ、アンジュ。どんな感じだ」

「もう、帰るところよ」

「そうか、丁度良かったな」


 刃達を見送った後、俺がやって来たのはディシプルの教会。

 出迎えてくれたのは、動きやすい様に髪をアップにし、教会の外周を掃除していたアンジュだった。


「おお、来てたのか、司殿」

「エヴェック様、もう良いのですか?」

「ほほほ、心配掛けたの」

「いえ、大丈夫なら」


 俺達の話し声が聞こえたのだろう、教会の中から先日迄は風邪で寝込んでいたエヴェックが出て来たのだった。


「もう歳なんだから、あまり無理しないでね、お爺様?」

「ほほほ、分かっておるよ」

「じゃあ、そろそろ戻りましょうか?」

「うむ、儂はまだ少し話があるので、2人で先に戻っておいてくれ」

「え?待つわよ」


 大した距離で無いとはいえ、病み上がりのエヴェックを1人で歩かせる訳にはいかない、そう思いアンジュが待とうとしたが、エヴェックは・・・。


「ほほほ、大丈夫じゃ。1人では戻らんよ」

「え?」

「この後、此処にフォール殿が顔を出すのじゃ」

「じゃあ・・・」

「うむ。送って貰うつもりじゃ」

「そう、なら・・・」


 エヴェックの言葉に、アンジュが俺の方に視線を送って来たので、応える様に頷く。


「ほほほ、久し振りに夫婦水入らずで、空の散歩でも楽しむと良かろう」

「え?もう、お爺様ったら」

「ほほほ」


 これぞ好々爺という様な笑みを浮かべたエヴェック。

 アンジュは言葉とは裏腹に、その表情は満更でもなかった。


「では、また後での」

「ええ、お爺様」


 教会に戻って行くエヴェックの背を見送った後・・・。


「じゃあ、行こうか?」

「ふっふっふっ、うんっ」


 俺に応えたアンジュの声は、興奮で弾んでいた。


「わぁ〜・・・」

「お気に召したかな?」

「ふっふっふっ、流石、私の司だわ」

「なら、良かったよ」


 言葉通り、街を見下ろすアンジュの双眸は、眼下に広がる海と同じ、蒼き煌めきを放っていた。


「・・・ありがと、司」

「え・・・?どうしたんだ?」

「あの時、お爺様を受け入れてくれて」

「あ、あぁ、その事か・・・」

「ええ」

「エヴェック様には、どんなに尽くしても返せない恩があるのだし、当然だよ」

「それでもよ。ありがと」

「あぁ・・・」


 突然のアンジュからの感謝の言葉に驚いた俺だったが、エヴェックももう歳だし、ただの風邪とはいえ、アンジュは相当な心配をしていた。


(本当に嬉しかったんだろうな・・・)


 そんな、アンジュの横顔を眺めると、透き通った白い肌に視線を奪われる。


「何?」

「ん?い、いやぁ・・・」

「そんなに化粧が濃かったかしら?」

「・・・」

「何で無言になるのよっ⁈」

「す、すまん・・・」


 決して、アンジュの化粧が濃いとは思わないが、確かに出会った頃は、ほぼノーメイクだったアンジュ。

 現在は、流石に女性の嗜みとしての化粧を始めていたのだった。


「仕方ないでしょ?シエンヌが五月蝿いのだから」

「はは、そうだな」

「もう・・・」

「・・・」

「司?」

「本当に仕方ないよな・・・。だって、初めて王都で出会ってから、もう8年経つのだから・・・」


 アンジュと出会って8年。

 そして、激戦だったアッテンテーター帝国との戦争からは、既に約4年の月日を経ていたのだった。

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