第439話


「・・・」

「あのさぁ?人が質問してるんだから、さっさと答えなよ?」

「な・・・?」


 俺を見据えた双眸に、酷く冷たいものを込めて来た少女。

 それが、人にものを尋ねる態度か?

 そう一言言い返せば良いだけなのだが、少女に見据えられた俺は、其れが出来なくなってしまった。


「ふふ、そんなに怒らないであげてよ?」

「・・・何?ボクに楯突く気?」

「いやあ、とんでもないよ。僕なんかじゃ、貴女に敵う筈無いのだから」

「じゃあ、邪魔しないでよ?幾ら、キミが此処迄、ボクを連れて来たといっても、キミの命なんて、ボクの胸先三寸次第なんだから?」


 俺を庇う様に、俺と少女の間に立ったアポーストル。

 ただ、少女は此処迄の足を務めたというアポーストルに対しても、数段上からの目線でいる様だ。


「分かってるよ。ただ、貴女の子供達なら、彼処だと思うよ」

「ん?・・・」


 アポーストルの指し示す先に、視線を移した少女。

 少し俯き加減になり、其の表情は確認出来ないが・・・。


(あれは、魔導巨兵・・・?)


 確か、フェルトに聞いた話では、自身とアルヒミーの母親は亡くなっているとの事だったが・・・。


(其れに、此の少女は、子供では無く、達と言っていたし・・・)


 此方に背を向け、倒れた魔導巨兵へと歩み寄っていく少女。


「司、右腕はどうしたんだい?」

「え?あ、あぁ・・・。実は・・・」


 少女の背中を無言で見つめていた俺を、覗き込む様にして来たアポーストル。

 俺は今回の闘いの経緯を説明したのだった。


「へぇ〜・・・」

「へぇって・・・、軽いな」

「ふふ、そうかい?」

「・・・ったく、・・・っぅ‼︎」


 軽く流す様なアポーストルの態度に、俺は忘れていた痛みを思い出す。


「貸してごらん」

「え・・・?いや・・・」

「良いから、ほら?」


 アポーストルは穏やかな口調だったが、有無を言わせない態度で、俺から右腕を取り上げた。


「お、おいっ」

「大丈夫だから・・・、じっとして」

「・・・っ⁈」


 取り上げた腕を、元あった部分に付けたアポーストル。


「ぅっ・・・、っ‼︎」

「直ぐに終わるから・・・」

「・・・」


 傷口に触れられた事で、呻き声が漏れてしまった俺に、アポーストルは子供をあやす様な声を掛けて来て・・・。


「っ⁈」


 五連の無詠唱をし、俺の肩の周りには五つの魔法陣が描かれた。


「ぃ・・・、っぅぅぅ‼︎」

「はいはい、ちょっとの間の我慢だから・・・」

「な・・・、ぐぅぅぅ・・・」


 傷口に燃える様な熱を感じ、痺れる様な痛みが襲って来る。


(な・・・、んだ・・・‼︎)


 アポーストルの子供にする様な態度に、これ以上、悲鳴を上げる事に屈辱を感じ、左手で口を押さえ、詠唱が収まるのを待った。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ・・・、っぅ」

「はい、良く出来ました〜」


 やがて、詠唱が収まったと同時に、熱と痛みが治り、荒くなっていた呼吸を整える俺に、アポーストルは右肩を撫でながら、揶揄う様な声を掛けて来た。


「・・・お、お前っ」

「ふふ」

「・・・右、肩?」

「調子はどうかな?」


 先程迄、此の身体から離れ、自身のものと意識出来なかった右肩。

 其れが、元居た位置に戻り、触れられた感触を意識出来た事に、俺は間の抜けた声を上げてしまった。


「う、動く・・・」

「そう?良かったよ」

「・・・」


 治療を施して貰ったのだから、感触がある事も、動く事も当たり前なのだが・・・。


「どういう事だ?」

「ん?何がだい?」

「・・・」

「ふふふ。最初に言ったろ?司を助けに来たって」

「・・・此の魔法は?」


 アポーストルが覗き込む様にし、恥ずかしい台詞を述べて来た為、俺は照れを隠す様に、少しだけ質問をズラした。


「ふふ、秘密」

「そうか・・・」

「良いのかい?」

「あぁ、治して貰ったんだ、文句は無いさ」

「ふふ、そう?」


 納得した様子のアポーストルに、俺は一応、副作用等の心配は無いかだけ確認をしておいた。


「其れは大丈夫だよ」

「そうか・・・。助かったよ」

「ふふ、どう致しまして」


 俺はアポーストルに背中を見せながら、短く礼を述べた。

 其処には、気恥ずかしさもあったが、もう一つは・・・。


「なぁ?」

「ん?何だい?」

「あの娘は、何者だ?」

「・・・う〜ん」


 答えに詰まったアポーストル。

 微妙な間の後に、アポーストルより先に口を開いたのは・・・。


「ねえ?」

「何かな?」

「この子達は、苦しまずに逝けたの?」


 件の少女で、アポーストルへと背中を見せながら問い掛けた。


「彷徨える魂は感じないから、既に居るべき場所へと送られた様だね」

「そう・・・、・・・った」


 一陣通り抜けた風に、掻き消された少女の言葉。


「ねえ?キミ・・・」

「あ、あぁ、何だ?」

「キミ、ずっと此処に居たんでしょ?」

「まぁな」


 そのままの体勢で、今度は俺へと問い掛けて来た少女。


「ボクの子供達を、汚らわしい方法で冒涜した犯人は知ってるかい?」

「子供達・・・?」

「そう」


 相変わらず、訳の分からない事を言って来る少女だったが、今度はちゃんと続きがあった。


「人工魔石っていう、下品な方法でね?」

「・・・っ⁈」

「知ってる・・・、みたいだね?」

「ぁ・・・、ぁ」


 声を絞り出す様にして答えたのは、内容もさる事ながら、俺が其の内容に驚き反応を示した刹那。


(な、何だ・・・、此の威圧感・・・、は⁈)


 少女から発された絶対的なオーラ。

 其れはケンイチは疎か、ラプラスやグロームですら到底及ばない。


(答えを間違えれば、俺は確実に消される)


 想像する未来は殺られるでは無く、完全なる消滅。

 俺は其の恐怖から、犯人はアルヒミーなのが分かっているのに、答える事が出来なくなった。


「何?まさか、キミが・・・?」

「・・・っ‼︎」


 俺の態度に、少女が此方を振り返ろうとした・・・、瞬間。


「ふふふ、私が代わりにお答えしましょうか?」

「・・・何だい、キミは?」

「お初にお目にかかります。私はルグーン=グリャーズヌィと申します。以後お見知り置きを」

「ルグーン?ああ、キミが・・・」


 声を上げたルグーン。

 そして、ルグーンの名だけは知ってる様な反応を見せた少女。


「こんな所で、貴女さ・・・」

「ねえ?サッサと教えなよ?」

「ふふふ、これは失礼しました」


 徐々に不機嫌な口調になっていく少女は、ルグーンの過剰な前振りを遮り、答えを急かした。


「貴女様のお子様達を人工魔石にした犯人は、其の魔導巨兵の操縦席で果てているアルヒミー=ザックシールという男性です」

「・・・そう、この男が」

「ええ。そして、そのアルヒミーを仕留めたのが、此方に居る司=真田様です」

「・・・」


 その双眸でアルヒミーを捉えているのだろう。

 ルグーンの言葉に、少女の後頭部は全く動かなかった。


「ああ、因みに」

「・・・」

「お子様達の魂を呼び寄せたの・・・、私ですが」

「・・・そう、キミが」

「・・・っ‼︎」


 ルグーンの発言に、俺へと向けられていたオーラは引き、其れがルグーンへと向けられ・・・。


「ねえ?」

「はい、何でしょう?」

「其れをボクに告げたって事は、覚悟は出来ているんだよね?」

「・・・っ⁈」

「ふふふ、恐ろしいお方だ」


 振り向いて来た少女。

 其の漆黒の双眸は、闇色に煌めいていたのだった。

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