第393話


「ゴ・・・」

「ちっ、仕留め損ねたかっ‼︎」


 白銀の鎧を失い、薄緑色の体躯が露わになったリョート。

 然し、未だ其の巨体は倒れる事は無く、意識もはっきりと保っている様子に、ディアは舌打ちをしていた。


「ふんっ、喰らえ死に損ないがっ‼︎」


 そんなリョートへと、追撃を仕掛け様としたディアだったが・・・。


「キイィィィーーー‼︎」


 上空から大地へと紅蓮の一閃が襲い掛かる。


「はあぁぁぁーーー‼︎」


 紅蓮の一閃を、大剣の刃を蒼く染め迎え撃つアナスタシア。


「ぐっ・・・、うぅぅあああ‼︎」

「くぅっっっ‼︎」


 其の一見華奢な背から、紅い輝きを放つアナスタシア。

 アゴーニの放った一閃は、アナスタシアが魔石の力を限界迄使っても、跳ね返す事が出来無いものだったらしい。


「アナスタシア‼︎ディア‼︎」


 大剣はアナスタシアの腕から飛んでいき、着弾した紅蓮の一閃の衝撃に、アナスタシアとディアは吹き飛ばされたのだった。


「大丈夫か⁈」

「な、なん・・・、っ」

「ぅぅぅ・・・」


 力を使い過ぎたのか、額の角が消えてしまったアナスタシアは、そのまま落ちてしまった様で、ディアも打ち付けられた衝撃に蹲っていた。


「キキキ・・・」

「・・・っ⁈」


 旦那を傷付けられた怒りからか、アゴーニはそんな2人の様子にも満足出来ないらしく、翼に纏っていた炎を増し、それだけで無く、其の身体にも炎を纏い始めた。


「ィィィーーー‼︎」

「・・・⁈」


 炎はどんどん広がっていき、やがて闇色の夜空を、深紅に染め上げてしまった。


「ッッッ‼︎」

「な、何を・・・⁈」


 夜空一面に広げていた深紅の炎を、自身の口元へと集束させたアゴーニ。

 其の双眸の見据える先は・・・。


「や、やらせ・・・」


 其れを理解し、影へと潜り、泳ぎ渡った先へと一気に飛び出した・・・、刹那。


「キイイイィィィーーーイイイッッッ‼︎」


 響き渡る不快な絶叫と共に、視界全てが深紅に染まる。


「はあぁぁぁーーー‼︎」


 反応では無く反射で、朔夜の闇色の刃を深紅へと翳す。


「・・・ぐっ‼︎」


 闇色の刃へと深紅が飲み込まれていくと共に、俺の掌、腕、肩、胸、腹、腰、太腿、膝、脛、足裏へと伝わって来る衝撃に、耳の奥に直接、筋の切れる高音と、骨が軋む低音が伝わって来る。


「ゴゴゴ・・・」

「・・・っ⁈」


 深い紅色に目が眩んでいた俺の瞳に飛び込んで来た、リョートが再び白銀の鎧を纏おうとする様。


「やらせる・・・、かっ‼︎」


 深紅の炎の勢いを空へと押し返そうとするが、片膝が崩れてしまい地に着く。


「・・・っ、翼アアアァァァーーー‼︎」


 俺を押し潰す様な深紅の炎の圧力に、逆らう様に漆黒の双翼を生やし、俺は背に4翼を広げた。


「はあぁぁぁーーーあああ‼︎」


 俺の絶叫の影で、朔夜を手にした指から鈍い音がし、指の骨が数本折れた事に気付いた。


(関係あるかっ‼︎)


 然し、そんな事を気にする余裕は無く、俺は広げた漆黒の翼に魔力を注ぎ、天へと朔夜を押し返す様に翔けた。


「っっっーーー‼︎」


 俺が翔けて行く先、深紅の炎を飲み込んでいく、朔夜の闇色の刃。

 俺が曲線を描く月を背にすると、空に広がっていた深紅は全て朔夜に飲み込まれ、闇色の刃に一瞬妖しく紅い輝きが走った。


「ディアッ‼︎」

「人使いの荒いっ‼︎」


 俺から飛んだ怒号に、ディアは落ちてしまったアナスタシアを抱え、駆け出した。


「此れで・・・」

「キ・・・」


 俺がディアが逃げるのを確認し、朔夜を上段に振りかぶると、此れから起こる惨劇を理解したのか、背後からアゴーニによる高音の悲鳴の一音が聞こえた。


(だからといって止める筈が無いだろ?)


「終わりだあぁぁぁーーー‼︎」


 リョートに向かい闇色の刃を振り下ろすと、眼下全てを覆う、朔夜から吐き出された深紅の炎。


「・・・ッッッ⁈」


 リョートは何事か咆哮を上げた様だが、刹那の間で深紅の底へと沈み、其の声は聞こえ無かった。


「つぅぅぅ・・・」


 深紅はリョートを沈めただけでは飽き足らず、絶大なエネルギーで、盆地を形成していた白銀の山をも崩していく。


(此れで倒せなければ・・・)


 徐々に晴れていく深紅の炎に、俺はリョートが居た位置を目を凝らして見た。


「・・・」


 立ち尽くしているリョートの巨体は、ピクリとも動かず、かといって崩れ落ちる様子も無かった。


「此れは・・・」


 仕留めたのかどうか不安になるリョートの様子。

 然し、其の答えは妻であるアゴーニが示したのだった。


「キィィィッッッ‼︎」


 アゴーニの上げた絶叫は、今迄のどれよりも悲哀に満ちた声で、耳に突き刺さる様な高音が響き渡ったのだった。


「キキキ・・・」

「そうか・・・。次はお前だな?」


 嘆く様な哀しき悲鳴を上げるアゴーニだったが、俺は静かに見据え、指がおかしな方向に曲がった掌を突き出した。


「キキキ・・・」

「終焉への蒼き血潮」


 其の双翼に炎を纏わせたアゴーニに、静寂の中で極大の魔法陣を詠唱した俺。

 魔法陣から生み出された大海嘯が、アゴーニを飲み込んだ。


「・・・キ」

「終焉への蒼き血潮」


 何とか其れを耐えきり、口元に炎を溜め様としたが、俺は再び大海嘯を詠唱し、其れを許さなかった。


「・・・ッ」


 蒼き海嘯を喰らったアゴーニは、其の体躯を痙攣する様に震わせていたが、俺が再び詠唱を始め様とすると、其の双翼で自らの腹を隠し始めた。


「どうした?もう諦めたか?」

「キ・・・」

「まぁ・・・、良いが。終焉への蒼き血潮」

「・・・ッッッーーー‼︎」


 三度、大海嘯に飲み込まれたアゴーニ。


「・・・」


 3度目の大海嘯が晴れると、大地へと崩れ落ちていたアゴーニ。


「手向けの花は必要無さそうだな・・・」


 深紅の炎によって白銀の氷が晴れ、大海嘯によって洗い流された大地には、白き花が咲き誇っていたのだった。

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