第394話


「い・・・、つぅぅぅ・・・」


 激戦を終えた事で、自身の指に走る鈍い痛みを改めて意識し視線をむけると、其処には有り得ない方向に曲がった指が有り、俺は苦痛で顔を歪めた。


「ディア・・・」

「何じゃ?」

「アナスタシアは・・・?」

「・・・」

「ディアッ⁈」

「勘違いするな息は有る。然し、早めの本格的な治療を勧めておるだけじゃ」

「そうかぁ・・・」


 どうやら、あまり良い状況では無いらしいアナスタシア。


(ルーナの状態も気になるし、先ずはフェルトの所に向かうか・・・)


 俺が久し振りの実践となるルーナの事も考え、手早くリョートとアゴーニの紋章を大魔導辞典へと記そうと、アイテムポーチに手を伸ばした瞬間。


「おっほ〜、終わった様じゃの?」

「ポーさん・・・」


 妙な歓声を上げながら、やって来たポーさん。


「近くに居たのですか?」

「いんや、ただ、氷山が崩れて、盆地が無くなったからの」


 ポーさんの言う事は確かで、決戦前には盆地を形成していた氷山は、朔夜の放ったアゴーニの深紅の炎で崩壊していた。


「なるほど・・・、っ」

「ん?どうしたんじゃ?」

「え、えぇ・・・、骨が折れたらしくて・・・」

「ほお〜、見せてみよ?」

「は、はぁ・・・」

「お〜、こりゃあ、手酷くやられたの」

「え、えぇ・・・」


 正確にはやられたという訳では無いのだが、説明するのも面倒な程の激痛に、俺はポーさんの言葉をそのまま受け入れた。


「じっと、しとくんじゃぞ?」

「えっ?ポーさん?」

「しっかり応急処置をしとかんとの・・・」


 そう言ってポーさんがアイテムポーチから、何やら器具を取り出した・・・、次の瞬間。


「は、はぁ・・・、あああぁぁぁーーー‼︎」


 右手の指に走る激しい激痛。

 其れは先程迄のものとは、比べものにならない痛みで、俺は絶叫を上げ、全身の穴という穴から汁が湧き出して来た。


「ポ・・・、ポーーーーーー‼︎」

「何じゃ、失礼じゃの?」


 俺は別にポーさんの事を、敬称を略して呼んだつもりは無く、激痛の為、語尾が続けられなかったのだ。


(ち、治療なんだよな・・・、此れ?)


「あうっ、あうっ、あうっ・・・、うううぅぅぅ・・・‼︎」

「情け無い奴じゃの?この程度で」

「はぁっ・・・、はっ、はっ・・・」

「気色の悪い声を上げるでない。ほれ、痛み止めも打ってやる」


 恐ろしい事を口にするポーさん。


(痛み止めは最初に打てよっ‼︎)


「・・・」

「やっと静かになったの」

「・・・」


 心の中でツッコミを入れたのは、決して気を使った訳では無く、俺が既に声を上げる気力を失っていた為だった。


(・・・)


 痛み止めの麻酔の効果か、思考も鈍くなっていくのを感じる。


「ほいっ、終わりじゃ」

「いっーーー‼︎」

「何じゃ?また騒ぎ出したの」

「つぅぅぅ・・・」


 しっかりと包帯が巻かれ、処置が完了した右手。

 ただ、是非とも完了は口だけで告げて貰いたかったと、叩かれた右手を撫でながら思った。


「すいません。ありがとうございます」

「ん、ええよ。じゃが、ちゃんとした設備の有る所で、もう一度見て貰うんじゃぞ」

「はい」


(流石サバイバルの達人といったところだろうか)


 俺はポーさんに礼を述べたのだった。


「じゃが、本当に番いの神龍を狩るとはの」

「えぇ、何とか・・・、ですけど」

「然も、素材が十分に採れそうじゃの」

「そうですか?」

「うむ」


 アゴーニを観察しながら、そんな事を口にするポーさんだったが・・・。


「おっ?」

「どうかしましたか?」

「うむ、此奴の腹じゃ」

「腹ですか?」


 アゴーニの腹に何やら異変を感じたらしいポーさん。

 うつ伏せに倒れていたアゴーニを、仰向けに起こし、腹を指し示して来た。


「ほれ、動いとるじゃろ?」

「あ・・・、水ですかね?」

「じゃが、何やら踊ってる様じゃし」


 ポーさんの言う事は確かで、何やら意思を持った様に動く腹に、俺は警戒を強めた。


「まだ、アゴーニは・・・」

「いんや、其れは無かろうの」

「では?」

「開けば分かるじゃろ」

「えええーーー⁈」

「寄生生物かもしれんし、放っておいたら、素材がやられるぞ?」

「は、はぁ・・・」


 事も無げに言いながら、俺の吐いた溜息とも了承ともつかない吐息を合図に、ポーさんはアゴーニの腹を開け始めた。


「ほっほ〜」

「どうですか?」

「そんな直ぐに終わるかい。黙って待っとくんじゃ」

「・・・はい」

「ほお〜、これはこれは」

「・・・」


(まぁ、軍人達に耐火性のマントを作ったところを見ると、解体の素人では無いのだろうし・・・)


 俺は横から手出ししたり、強引に止めたりして、余計に状況が悪化する事を避ける事にした。


「おおお・・・‼︎」

「ポーさん⁈」

「そういう事じゃったか・・・」


 やがて、ポーさんから上がった、驚いた様な感嘆の声に、俺が彼の背に立ち、アゴーニの腹を覗くと・・・。


「ピ・・・、ピィー」

「え⁈」

「ピィ?」


 二つの双眸からの視線が重なり、同時に声を上げた俺と・・・。


「ピッピィィィ」

「赤ん坊?」


 アゴーニの腹、其処には赤ん坊の子龍が鎮座していたのだった。

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