第390話

390話

「・・・」


(動きが無い・・・?)


 神龍の中で最強の破壊力を持つというアゴーニ。

 俺はその話から勝手にアゴーニは、其の力を常に発している存在だと思っていた。


(ポーさんの言う通り、力を貯め込んでいるのか・・・)


 作戦の内容を考えると、アゴーニが大人しくしているのは、いい事ばかりでは無かったが、とにかく今はリョートに集中する事にした。


「ゴゴゴ・・・」

「やるのか?」


 俺は此方を見据え、低い声で唸るリョートに、挑発する様に問い掛けた。


「ゴ・・・」

「狩人達の狂想曲・・・」


 観察したところリョートには飛行能力は無い様なので、俺は挨拶代わりとばかりに、広範囲の魔法で様子見を仕掛けてみる。


「フルバースト‼︎」


 詠唱された九十九門の魔法陣から、闇の狼の群れが一斉に現れ、凍る大地を白銀の地煙を上げながら、リョートとアゴーニに目掛けて駆けていく。


「ゴゴゴォォォ‼︎」


 闇の狼の群れの駆ける地響きを、飲み込む程の咆哮を上げたリョート。


「・・・な⁈」


 咆哮に応じる様に、煌めく白銀の大楯が生み出され、リョートとアゴーニへの道を塞いでしまう。


「・・・」


 無言のまま白銀の大楯に衝突し、霧散していく闇の狼達。


「・・・ちっ」


 俺は白銀の大地に浮かぶ、漆黒の霧の残骸に舌打ちをした。


(分かっていたとはいえ、瞬時にこの広範囲に対応出来る防御力かぁ・・・)


 執行人による紅蓮の裁きでも狙えれば良いのだが、其の巨体を見てもリョートは攻撃に対して、躱して対応するタイプでは無く、防御を固める戦術なのだろう。


「ググ・・・」

「・・・⁈」


 何やら前傾姿勢になり、力を溜めているリョート。

 下げていた頭を、天に撃ち上げ巨体を起こした・・・、刹那。


「ガガガァァァーーー‼︎」

「な⁈」


 リョートの動きに連動する様に、白銀の大地に撃ち立って来た無数の巨木の様な氷柱。

 俺は襲い掛かる氷柱を、間一髪で躱していったが・・・。


「ぐぅーーー⁈」


 氷柱の撃ち上がる勢いに生じた、強烈な旋風に吹き飛ばされそうになる。


「ガアァァァ‼︎」

「・・・っ⁈」


 必死に其の場に留まる俺へと、リョートからの追撃の氷柱が撃たれる。


「・・・ちっ‼︎」


 宙で体勢を制御するのにやっとの俺は、旋風に逆らわず、自身の足下迄迫った其れから逃れた。


「・・・⁈アナスタシア‼︎ディア‼︎」


 2人とリョートの中間の宙に居た俺は、かなり距離が離れた事に、先ずは仲間の無事を確認しようとする。


「だ、大丈夫ですっ‼︎」

「しっかり防がぬか、駄犬めが‼︎」

「分かっていますっ‼︎」


 氷柱から距離はあった2人だが、其の旋風は届いていたらしく、アナスタシアは大剣を構え、旋風を防ぐ体勢をとっていた。


(詠唱は・・・、ちっ‼︎中断されているか‼︎)


 ディアの手元の魔法陣は、中断された詠唱を、緊迫した状況に似合わない緩やかな速度で再開していた。


(まだ暫く時間は掛かるだろうし・・・)


「此処は、俺が行くしか無いっ‼︎」


 俺は自分を鼓舞する様に気合いを入れ、闇の翼に魔力を注いだ。


(効果時間に限界がある闇の支配者よりの殲滅の黙示録は、アゴーニの出方が分からない現状切りたく無いカードだ)


「まぁ・・・、隙は大きいしなっ‼︎」


 宙を蹴る様にリョートへと翔け出した俺。


「そろそろ、身体も温まったかっ」


 頰に当たる冷風が気にならなくなり、俺がそんな事を呟いた瞬間。


「ガアァァァ‼︎」


 リョートの咆哮と共に、撃ち立てられていた氷柱が振動し始め・・・。


「来たか・・・」


 破裂し其の破片が、襲い掛かって来た。


「衣ッ‼︎」


 リョートの登場から、何となく其の攻撃を予想していた俺は、闇の衣で飛び掛かって来た無数の氷の弾丸を叩き落とした。


「良し・・・」

「はあぁぁぁーーー‼︎」

「・・・っ」


 自身への攻撃を全て遮り、リョートへと再び翔け出そうとした俺の背に飛び込んで来た、アナスタシアの絶叫。


「・・・ふっ」


 一瞬視線を向けると、アナスタシアは炎の斬撃で、自分達に降りかかった氷の弾丸を撃ち落としていた。


「次は・・・、こっちの番だっ‼︎」


 俺はリョート付近に立つ氷柱に刹那の間触れ詠唱を行い・・・。


「剣‼︎」


 自身の背に2本の闇の剣を生み出し、手には朔夜を手にした。


「はぁっ‼︎」


 闇夜を走る2本の漆黒の刃。


「・・・ゴゴゴ」


 然し、擦り傷を負わす事も出来ず散っていった漆黒の刃に、俺は朔夜を手にした腕に力を込めた。


「此れならっ‼︎」

「・・・ッ」


 夜空に浮かぶ黒雲を斬り裂く様に撃ち上げた、漆黒に輝く刃の斬撃に、リョートは僅か其の表情を顰める様子を見せ、巨体を起こした。


「喰らえ・・・」


 俺は其れを見て、氷柱に仕掛けておいた魔法陣を発動させる。


「執行人による紅蓮の裁き‼︎」

「・・・⁈」


 巨木の様な氷柱に浮かび上がる魔法陣。

 其処から発動したのは、リョートの咆哮にも劣らない轟音を伴った紅蓮の爆炎。


「グググゥゥゥ・・・」


 リョートの腹を襲い掛かった爆炎。

 通常の魔物なら、十数匹は一瞬で消し炭にする魔法も、リョートにはそこそこのボディーブロー程度のダメージだったらしく、未だ健在な姿を見せていた。


「ちっ・・・、なら‼︎」


 俺がリョートへの追撃を仕掛け様とした・・・、刹那。


「ギ・・・」

「・・・?」


 リョートの背後で微かに影が動き。


「ギヤァァァーーー‼︎」

「・・・っ⁈」


 リョートのものとは対照的な、背筋がゾッとする様な高音の咆哮が盆地に響き渡り、漆黒の夜空に紅蓮の爆炎が撃ち上がる。


「な、何だ・・・、と⁈」


 爆炎を追い視線を空へと上げると其処には・・・。


「シイィィィ‼︎」


 先程迄、俺とリョートの戦闘に何の興味も示さず、静寂の中で翼を休めていたアゴーニが、其の翼に炎を纏い、羽ばたかせていたのだった。

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