第370話


「こんな所で、どうしたの?」

「あぁ、以前国の任務で此処に来たんですよ。今回は経過調査です」

「ああ、そういう事」

「ナミョークさんは?」

「アタシはフェデラシオン連合国にツアーで来てるんだ。まずは此のランコントルで興行で、気分転換に森林浴ってとこ」

「なるほど」


 確かにサーカス団ならツアーで各国を回っていても不思議では無いし、飛龍も意外に大人しい生き物だし、此処で森林浴も有りだろう。


「何、オニーサン?」

「え?」

「だって、アタシに寄って来るから」

「そうですか?」

「ふふ、怖いな〜」

「はは、落ち込むなぁ・・・」


 俺はナミョークからの言葉に、自身の足下に視線を落とした。


「アタシは小さいから、対人距離は広く取ってるし、入られると圧迫感を感じるんだよ」

「そうですか・・・、失礼しました」


 ナミョークの言う事も尤もで、彼女の身長は1メートル程度だし、1メートル65センチと小柄な俺でも、近付けば威圧感を感じるだろう。


「それとも・・・、オニーサン?」

「何でしょう?」

「アタシの事・・・、襲おうとしてる?」

「いやぁ、非道いなぁ。そんな男に見えますか?」


 中々、非道い事を言うナミョークだったが、彼女の様な亜人で特徴的な相貌を持つ女性は、他種族、特に人族の男には警戒感を抱くのは仕方がない事だった。


(まぁ、街から離れた人気の無い森林で、あまり印象の良くない人族の男。此れは警戒しろと言ってる様なものだろう)


「乱暴にしないでくれる?」

「え?」

「だって、此処じゃ助けは呼べないし、オニーサンは凄い強いんでしょ?」

「どうですかねぇ・・・」

「サンクテュエールに居る時に噂は聞いたよ。リアタフテ家の婿様は王国一の大魔導師だって」

「ははは、自分なんてまだまだですよ」

「謙遜しなくて良いよ」

「いえいえ」

「痛いのはきらいだから、優しくして?ちゃんとするから・・・、ねっ?」

「・・・」


 まだ手を伸ばしても届かない距離だったが、ナミョークは一番上のボタンを外し、従順な姿勢を示した。


「ふふふ・・・」

「・・・」


 頰を紅潮させ俺を見上げて来るナミョーク。

 ナミョークが其の手を俺の頰に伸ばした・・・、刹那。


「・・・はぁっ‼︎」

「・・・っ⁈」


 俺は首のネックレスを剣に変化させ、斬撃を放った。


「危なっ・・・、何っ、オニーサンッ‼︎」

「さて・・・、なっ‼︎」


 然し、其れを身軽にバックステップで躱し、非難の声を上げたナミョークに、俺は応えず再び斬撃を放った。


「・・・っ、ふぅ〜・・・、危ないな〜、オニーサン?」

「随分と身軽な事で?」

「当然じゃない?アタシはサーカス団の一員だよ?」


 助走もつけない後方へのジャンプで、3メートル近くを跳んだナミョーク。

 俺が呆れた口調でツッコミを入れると、少しムッとしながら応えて来た。


「サーカス団では、戦闘訓練もするのかな?」

「躱せたのは、警戒してたからだよ」

「まぁ、俺は此のまま否定し続けてくれても構わない」

「ふ〜ん・・・、そういう事言うんだ・・・?」

「だったら・・・、どうする?」


 其の藍色の双眸に怪しい輝きを放つナミョーク。

 木々が騒めくのを感じ、俺は剣を持つ手に力を込めた。


「あ〜あ、何で此処迄追って来たの?オニーサン」

「何だ、認めるのか?」

「さあ?認めなくても非道い事するんでしょ?」

「抵抗しなければ、一瞬で終わらせてやる」

「ふふ、出来るの?そんな剣技ある様には見えないけど?」

「大丈夫だ。魔力が補ってくれる」


 ナミョークからの挑発も軽く流し、目の前のご馳走を逃さない為により集中を増す。


「上手くやった筈なのにさ」

「・・・」

「ちゃんと、面倒な取り調べも受けたし」

「あぁ」

「国外から早期に出る理由も完璧だった筈だよ」

「そうだな、ランコントルでの飛龍が家畜を襲う事件を出し、サーカスの動物達を逃がす為の移動だからな」

「そうだよっ。なのに何で・・・?」

「さて・・・、な?」


 此奴に別にラプラスの事を漏らしてやる理由は無い。


「無駄話はそれ位で良いだろう?」

「ホントに〜?アタシはオニーサンの知りたい事、知ってるかもしれないよ?」

「そうか、残念だ」

「ふんっ・・・、可愛くないねっ‼︎」


 ナミョークが言い放ち、俺を見据えた事を合図に互いに構えた・・・、次の瞬間。


「・・・」


 俺の頭上から森林の木々のものより深い影が差した。


「ふふふ、やっちゃいなっ‼︎」

「ふぅ〜・・・」


 予定通りの飛龍の襲来に、俺はげんなりとした溜息を吐くのだった。

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