第366話


「・・・う?」

「刃?貴方の曾祖父様よ?」

「ひ・・・、じじ?」

「・・・っ。うむ、そ、そうじゃっ」

「おお〜」


 此処は真田家隠れ家。

 王都から俺に連れて来られたエヴェックは、現在孫娘であるアンジュとの再会と、曽孫である刃と初対面を果たしていた。


「良し良し、じじにお出で、刃よ?」

「うっ」


 両腕を広げたエヴェックに、刃は足下の定まらないよちよち歩きで向かっている。


「ひ、じじっ。あ〜・・・、よっ」

「おお、刃はあんよが上手じゃなあ」

「よっ、よっ?」

「そうじゃ、そうじゃ」

「おお〜」


 エヴェックは自身の胸の中へと飛び込んで来た刃を抱きしめ、その頭を優しく撫でていた。


「これからどうするの、お爺様?」

「ん?まあ、余生をゆっくり過ごすかの」

「しばらく、こっちで過ごさない?」

「ん?それは・・・」

「ね?司?」

「あ、あぁ、エヴェック様さえ宜しければ・・・」


 唐突に感じたアンジュからの提案だったが、アンジュの妊娠発覚時の両親の反応と、それに対してのエヴェックの態度を見ていると、引退して力を失ったエヴェックが王都の家に残る事は、幸せな余生を過ごす事には繋がらないだろう。


(此処で孫と曽孫と過ごした方が幸せかもな・・・)


 俺自身もエヴェックには刃の件で返せない程の恩があるのだし、アンジュからの提案を断る理由は無かった。


「そ、そうじゃの・・・。それは、ありがたいが・・・」

「なら、良いじゃないっ」

「う、うむ」


 エヴェックは喜びに破顔しそうな表情を抑えながら、アンジュの提案を受け入れたのだった。


「じゃが、子の成長は早いものじゃな」

「ふっふっふっ、でしょ?」

「うむ、この間迄はあんなに幼いと思っていたアンジュが母親に、たった1年で刃は自分の足で歩いておる」

「・・・」

「歳を取る訳じゃな」

「お爺様・・・」


 そんな事をアンジュとエヴェックが話していると・・・。


「む?来客かの?」

「ええ。今日はシエンヌが来るって言ってたから」

「そうか」

「シエンヌ殿とは・・・?」

「ああ、お爺さ・・・」

「失礼するよ」

「いらっしゃい、シエンヌ」


 アンジュがシエンヌの説明をエヴェックにしようとすると、シエンヌは勝手知ったる真田家隠れ家、アンジュが説明を始める前に居間に到着したのだった。


「こちらが・・・?」

「ええ。シエンヌよ、お爺様。いつもお世話になっているの?」

「おお、それはそれは」

「お爺様・・・、って?」

「これは、孫娘がいつもお世話になっているそうで、儂はエヴェック=リリーギヤと申します。以後、お見知り置・・・、っ⁈」

「・・・っ」


 エヴェックが背後にいるシエンヌに挨拶をする為、椅子から立ち上がり後ろを振り返り2人が対面した・・・、瞬間だった。


「どうしたの?お爺様、シエンヌ」

「う、ううむ・・・」

「・・・」


 見つめ合い固まってしまった2人。

 心配して声を掛けたアンジュだったが、エヴェックは言葉に詰まり、シエンヌに至っては若干俯き加減で口を開く事は無かった。


「シエンヌ・・・、殿?・・・で間違い無いのかの?」

「ああ、そうだよ。アタシはシエンヌさ」

「そうですか、家名をお聞き出来るかの?」

「ヴォルールさ。アタシの名はシエンヌ=ヴォルール、他の何者でも無いよっ」

「そうか・・・、これは失礼しました」


 エヴェックからの質問に、刺す様な視線を向け答えたシエンヌ。

 エヴェックは少し沈んだ様子で、謝罪を口にしていた。


(あれは迫力に押された訳じゃないな・・・、寂しがってる・・・?)


「急にどうしたの、お爺様?」

「うむ、昔の知人にシエンヌ殿が良く似てらしたのでな」

「いつ頃の?」

「もう数十年かの・・・」

「もう、お爺様ったら。そんな前の知り合いなんて言ったら、流石にシエンヌに失礼よ?」


 数十年前、その言葉にアンジュから的確なツッコミが入ったのだった。


(まぁ、相手の歳を聞かなくても、その時エヴェックと知人といえる間柄だったなら、シエンヌは当てはまらないだろう)


「そ、そうじゃったの。余りにも似ていたのでつい・・・。改めて申し訳ない、シエンヌ殿」

「ごめんね、シエンヌ」

「・・・別に、構わないさ」


 アンジュも一緒になって謝罪して来た事で、シエンヌからは刺々しい雰囲気は消えたのだった。


(ただ・・・)


 代わりにエヴェックは、此処に来た時の朗らかな雰囲気は消え、何処か寂しそうにしているのだった。

 

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