第337話


 遂にリアタフテ領へとやって来たサーカス団。

 俺達一家は連れ立って来ていた。


「パパ〜、とりさん?」

「あぁ、凪。鳥さんが居るね?」

「おおお〜」

「ははは」


 サーカスの動物達に興味津々といった様子で、繋いだ俺の手を先へ先へと引っ張る凪。


「ママ、ううう〜・・・」

「大丈夫よ、颯?動物さん怖くないから?」

「うう・・・」

「パパ〜、はやてえんえんっ」

「うん?大丈夫だよ凪?な、颯?」

「あ〜あっ・・・、ううう〜」

「は、はは・・・」


 対照的に颯は怯えながら、抱っこしてくれているローズの襟に、小さな掌が真っ赤になる迄しがみついていた。


(まぁ、これも個性だろうな・・・)


「ローズも昔はこうだったな」

「ええ〜、お爺様。私そんな事無かったわよ?」

「はは、そうだったかな?」

「もう〜・・・」

「凪ちゃんはリールそっくりね」

「そうですか?」

「ええ。子供の頃は男の子みたいに外で遊ぶのが好きで、一年中日焼けをしていたわ」

「へぇ〜」

「ふふ、そうだったかしらぁ」


 グランとメールの口からは、今の姿からは想像出来ない、ローズとリールの子供の頃の話が飛び出したのだった。


「うう〜・・・」

「ほら、颯。大丈夫だから?」

「ディア〜・・・」

「・・・」


 ローズの腕の中から颯が呼び掛けたのは、心底不思議そうな表情でサーカスの様子を眺めていたディア。

 ディアは無視している訳ではなく、本当に気付いていない様子だった。


「ディア?」

「・・・ん?なに、ちゅかさ?」

「いや、颯が呼んでるぞ?」

「うう〜、ディア〜?」

「なに?またないてるの、はやて?」

「あって〜・・・」

「動物が怖いみたいでな」

「どして?ちゃんとくさりでつないで、にんげんのしはいかにいるのに?」

「う、うん。そうだよな」


 態とでは無いのだろうけど、支配下というわりにキツイ単語を選んだディア。

 ただディアに構って貰えた事で、颯は少し機嫌を直していた。


「良し、行くか」

「ええ」


 こうして俺達はサーカスのテントへと入って行ったのだった。


「う〜ん・・・、迷ったかな?」


 サーカスを観覧後。

 俺は1人、家族から離れ手洗いに行ったのだが、元の場所に戻ってみると家族はいなくなっていた。


「元の場所・・・、だよな?」


 家族が俺を置いて行く事は無いだろうし・・・。


「迷ったみたいだなぁ・・・」


 俺は自身が道に迷った事を理解したのだった。


「う〜ん・・・、もう少し探してみるか」


 此処はリアタフテ領内だし、家族が見つからなければ一度屋敷に戻っても良い為、俺は特段慌てず辺りを眺めながら散策する様に歩いた。


「何してるの、オニーサンッ?」

「ん?」


 背後から掛かった鳥の囀りを思わせる高音の跳ねる様な声。

 振り返ってみると・・・。


「あれぇ?」


 其処には誰も居らず、俺は首を捻った。


「何処見てるの?此処だよ、オニーサンッ」

「え・・・?」


 声はするけど姿は見えず。

 ただ、其の声は俺の視線の先では無く、足下から聞こえて来ていた。


「・・・あ、あぁ・・・。君は?」

「其れはこっちの台詞だよ?オニーサン?」


 視線を下げると目に入ったのは小さな女性。

 身長は1メートル程だろうか?

 藍色のクリッとした双眸に、同じ色の髪は爽やかなショートカット。

 一見すると少年の様にも見えたが、大人のする様な化粧が、性が女で有る事と、少女でも無い事を感じさせた。


(小人族か・・・?)


 俺は此方の世界に来てすぐの頃、シャリテ商会でパランペールに紹介された中の小人族の女性を思い出し、眼前の女性に同じ雰囲気を感じていた。


「すいません。道に迷ってしまった様で・・・」

「オニーサン、うちのお客さん?」

「うちのって事は?」

「アタシは此処の団員だよ?」

「なるほど」

「オニーサンは?」

「実は家族と逸れてしまって」

「そうなんだ。大丈夫?」

「えぇ、リアタフテ領の人間なんで家には戻れますから」

「そ〜。なら良いけど」


 サーカス団の団員というこの女性。

 女性は俺の素性の確認が終わると、何やら詠唱を始めた。


「其れは?」

「ん?魔法だよ、知らないの?」

「いや、それはそうだけど・・・」


 此処は確か禁魔法地域だった筈だが?

 俺は眼前の女性が、国家認定魔導士なのかと気になり聞いてみると、其の答えは否だった。


「じゃあ・・・」

「アタシは認定魔導士じゃないけど、サーカス団がちゃんと領主様に許可を得てるよ?」

「え?」

「当然じゃない?何かトラブルが有れば団員が対応しないといけないし・・・。例えば動物達が暴れたりね?」

「なるほど」


 女性の示した状況に、俺は確かにと納得したのだった。


「じゃあ、何かトラブルが?」

「え〜、有る訳無いよ」

「じゃあ・・・?」

「見てれば分かるよ」

「・・・」


 トラブルは無いと答えたのに詠唱を続ける女性。


(見れば分かるって言うけど・・・)


 詠唱に集中する女性を無言で眺めていると、此方へと近付いて来る影が視界の端に映った。


「あぁ、鳥かぁ」

「ふふ、まだまだだよ?」

「え?・・・っ⁈」


 最初の影の主である鳥が女性の足下へと降りて来ると、続く様に大小様々の影が迫って来た。


「な⁈・・・っ」


 影の持ち主はリスに猿、兎に象。

 そして・・・。


「駄目だよ、オニーサンッ」

「いや、でもライオンが放し飼いって」

「ふふ、大丈夫だから」


 言葉通りに、軽く笑みを浮かべた女性の足下に伏せたライオンは、その首元を撫でられ気持ち良さそうに目を細めていた。


「あっ・・・」

「ふふ、どうしたの?」

「魔法って・・・」

「そうだよ。この子達に使用してるんだよ」


 どうやらこの動物達は、魔法で此の女性に制御されているらしい。

 俺は一律に大人しくする動物達に、緊張は残るものの、臨戦態勢は解いたのだった。


「アタシの名は『ナミョーク』。オニーサンは?」

「あぁ。司です」


 俺の緊張を解してくれる為だろうか、名乗って来たナミョークに、俺は自身の名を答えたのだった。


「あれ?司って確か領主様の?」

「えぇ。領主ローズ=リアタフテは妻です」

「そうだったんだ。へえ〜・・・」

「・・・」

「よろしくねっ」

「えぇ・・・」


 どうやらナミョークは俺の名を知っていたらしい。

 ただ、俺はその事よりも、明るく応えて来た彼女の足下に動物達が従う様子に、視線と心を奪われていたのだった。

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