第275話


「どうだ、準備の方は?」

「順調です。今回はありがとうございました」

「ふむ、構わん。我らとて利益は得た」


 翌日、俺はアンジュを避難先の島へと送り、クズネーツへと戻って来た俺は、丘陵の上にクロートと共に居た。


「クロート様」

「何だ?」

「神龍の輪廻転生の件ですが、クズネーツにはどんな風に伝わっているのですか?」

「ふむ、そうだな・・・。そもそも、お主は何処で其の話を聞いた?」

「・・・私は、ある魔人からです」

「ほお?なるほどな。彼の者達も輪廻転生の輪の中の者だからな」

「・・・」

「我ら一族には、歴史として語り継がれているのだ」

「歴史、ですか?」

「うむ。神龍然り、魔人族の多く然り、楽園より追放された者の多くは、境界線の守人達と悠久の刻に闘いの歴史を刻んでいるからな」

「・・・どうしてなのですか?」

「ん?どうしてとは?」

「私に此の話を教えてくれた魔人は、楽園を追放されたと言っていました。楽園の禁忌とは何なのですか?」

「・・・ふむ」


 結局、ラプラスからは聞き出せていない楽園の禁忌。

 此のクズネーツには歴史として伝わっていないのか、ラプラスよりは聞き出し易そうなクロートに問う事にした。


「禁忌については詳しくは伝わってはおらぬ」

「・・・」

「そもそも、我らは楽園より追放された訳では無いからな」

「え?ではドワーフの方達って、創造種では・・・?」

「否、我ら一族とて、遥か昔には楽園で過ごしていた」

「え?でも、追放されてないって・・・?では、守人なのですか?」

「其れも違う」

「???」


 クロートから楽園の禁忌を聞き出す事は出来なかったが、語られたドワーフの歴史には驚き困惑してしまった。


「ふむ・・・」

「・・・」

「お主は神を信じるか?」

「神ですか?・・・」

「ふんっ、面白い男だな」

「・・・」


 俺が答えに困り無言になった事に、クロートは本心を読んだのだろう、鼻を鳴らしながら、言葉通りに面白そうな顔をした。


「人族などはどの種族よりも神を信仰するのにな」

「クロート様は、信じるのですか?」

「我ら他の種族の様に、神を創り出す事はせぬ」

「神を創り出す?」

「そうだ。我らにとって神は、今は永き眠りにつく創造神のみだ」

「・・・」

「其の神の居らぬ楽園に正統性は無い。その為我らの祖先は楽園より旅に出たのだ」

「旅ですか?」

「そうだ。我らは追放者達にも守人達にも加担はしとらん」


 俺の困惑を晴らしたクロートの言葉。

 あと、創造神はやはり眠りについているのか・・・。


「では、いつかは楽園に戻るつもりですか?」

「さてな?」

「・・・」

「ただ、地上の寒さは堪えるからな」

「はぁ・・・」

「然し、酒は地上の方が美味い」

「・・・」

「ふんっ。其れに何より、守人達もいけ好かんしな」

「守人・・・。其奴らは何処に居るのですか?」

「ん?普段は境界線に居るが、地上にも降りて来て居る」

「そうなのですか?」


 ラプラスから聞いた話では、境界線の守人達は追放者達を追撃しているのだから、地上に居ても不思議では無いのだが・・・。


「我らの下にも、交渉に来る事も有る」

「ええ⁈」

「驚く事も無かろう。我らは神を殺せる一族だぞ?」

「・・・っ」

「ゼムリャーなどの神龍も含め、神を名乗る存在には、奴らも頭を抱えて居るのだ」

「・・・なるほど」


 ドワーフは特別としても、地上に居る創造種達の多くが敵と考えると、守人達も戦力の増強は必要なのだろう。

 ただ、クロートは先程いけ好かないと語っていた事からも、関係は決して良好とは言え無いのだろうが・・・。


「・・・ん⁈」

「ほお・・・」


 そんな事を話していると、急に足下から振動が走り、全身へと其れが伝わった。


「な、何が⁈」

「ふむ、ゼムリャーが顔を見せる様だな」

「え?ゼムリャー・・・⁈」


 クロート曰く、ゼムリャーが地上に顔を出す時は、いつも大地震が島を襲うそうだ。


「くっ・・・」

「・・・空へ逃げておけ」

「クロート様は?」

「ふんっ。お主などとは鍛え方が違うのだ」

「・・・っ‼︎す、すいません」


 俺は余りの振動の激しさに、立って居られなくなり地面に両手両膝を着いたところで、クロートから空へ逃げる様に促された。

 一方のクロートは言葉通り、其の巨木の様な足を、しっかり地面に根付ける様にし直立不動の姿勢を見せていた。


「・・・ふぅ〜」


 漆黒の翼を広げ空へと逃げた俺。


(皆んなは大丈夫だろうか?)


 仲間達の事が心配になったが、ゼムリャーが顔を出す度にこの規模の地震が起こるという事は、ドワーフ達の住居は振動には強いと思っても良いのだろう。


「ん?あれは・・・?」


 空に逃げた事で落ち着きを取り戻し、視界も広がった俺の瞳に映った大きな岩山。


(あれ?彼処に山なんて無かったよなぁ・・・)


「ふむ、来たか」

「え?クロート様?」


 地上から掛かった声に視線を落とすと、どうやら振動が収まったらしく、クロートの足は先程より少し力の引いた様子が見て取れた。


「あれが、ゼムリャーだ」

「あ、あれがで・・・」

「グオォォォーーーンンン‼︎」

「・・・っ⁈」


 其の咆哮は地面どころか、島全体を包み込む空気迄も激しく振動させ、空を飛ぶ俺は其の振動に吹き飛ばされそうになってしまった。


「・・・くっ⁈」

「・・・」


 空中で必死に身を固めていた俺は、ゼムリャーと視線がぶつかってしまった。

 ゼムリャーの頭部は俺達の乗って来た船程は有るだろうか、奴は視線のぶつかった俺の事など気にもせず、俺の背後へと視線を飛ばした。


「何が・・・、っ‼︎」


 俺が恐る恐る後ろを振り向くと・・・。


「・・・っ‼︎ふっ」


 其処にはナウタの乗る船と、其れに繋がれた小船に乗せられた黒曜石が見えた。


「グッ・・・、オオオンーーー‼︎」

「・・・っ‼︎俺なんか興味が無いってかぁ‼︎」


 俺は其の身を包む闇の装衣へ魔力を込め、ゼムリャーを見据え、臨戦態勢へと入るのだった。

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