第239話


「どういう事だ・・・?」

「・・・」


 歌うのを辞め静かになってしまった凪。

 其の金色の双眸は、突如として現れた紋章をジッと見据えていた。


「凪っ」

「う?」

「も、戻って来なさい?」

「う〜?」

「なっ?」


 威力の落ちた竜巻と、落ち着いた様子の凪。

 俺はこの隙に凪を抑え様と、懇願する様にして呼び掛けた。


「う〜」

「良しっ」

「あ〜あっ、うっ」

「あぁ、凪は本当に良い子だなぁ」

「うう?」

「あぁ、良し良し」

「きゃっきゃっ」


 俺の胸の中へと、文字通り飛んで来た凪。

 俺が其の背を離さぬ様に抱きしめ、頭を目一杯撫でてやると、凪は嬉しそうに笑った。


「あ〜あっ」

「ん?どうした?」

「うっ、うう・・・、あう?」

「・・・う〜ん?」


 何かを俺へと問い掛けて来る凪。

 内容が何か分からず、応える事は出来なかったが、再び手離す事だけはせぬ様に、抱きしめる腕に力を込めた。


「うっ」

「ご、ごめんっ。苦しかったか?」

「う〜」

「ごめん・・・」

「・・・あ〜あっ。うっ」

「・・・っ」


 大丈夫とでも言う様に声を掛けて来た凪に、俺は涙を流しそうになった。


「ううう」

「・・・っ⁈」


 俺と凪のやり取りの間に、紋章は消え光も収まった竜巻。

 其の規模は徐々に収まって行き、最初に見た時の半分程度の規模迄小さくなり・・・。


「おぉ・・・」

「ううう〜」


 竜巻はリアタフテ領とは逆方向、海の方へと移動を開始した。


「速いな・・・」

「う〜」


 其の速度は俺の飛行速度よりも速く、万が一竜巻に襲われていたらと考えると・・・。


「確実に逃げきれなかったな・・・」

「う〜?」

「あぁ、運が良かったよ」

「ううう?」

「放って置こう」

「う〜・・・」


 確かに紋章の事も気になったが、あくまで命有ってのものだし、何より・・・。


(直感だが、今の状況であの竜巻に臨むのは時期尚早な感じがする)


 凪も不満な感じだったが、俺から発せられる悲愴な空気に追走を諦めた様だった。


「行ったなぁ・・・」

「う〜」


 竜巻が俺達の視界から消えるのに、そう時間は掛からなかった。


「ふぅ〜・・・」

「あ〜あっ?」

「ん?あぁ、帰るか、凪」

「うっ」


 その場を飛び立った俺達。

 屋敷に帰った俺達を、玄関前でローズが颯を抱き待っていた。


「おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」

「遅かったわね、何かあった?」

「う、う〜ん・・・」

「?」


 俺は竜巻の事をローズにどう伝えたら良いのか分からず、言葉に詰まってしまった。


「どうかした?」

「い、いや何でもないよ」

「そう?」


 怪訝んそうな表情を浮かべたローズ。

 俺の胸の中の凪は、そんなローズに向かい腕を伸ばした。


「ああ」

「・・・凪」

「ああっ」

「い、今ね、颯を抱っこしてて・・・」


 ローズと凪の間に微妙な空気が流れる。


「・・・」

「あ・・・あ」

「・・・っ」


 か細い腕をローズへと必死に伸ばす凪。

 口をモゴモゴさせ、何かを必死で伝え様としていた。


「ロー・・・」


 そんな凪の様子に、颯を受け取ろうと、ローズへと声を掛け様とした・・・、瞬間。


「・・・マ、マ」

「えっ?」

「・・・ママ」

「・・・っ‼︎凪?」

「ママ・・・、う〜」

「凪っ」

「ママ」


 俺の胸の中から、凪を抱きしめたローズ。


「マ・・・マ」

「凪っ、そうよ、ママよ」

「ママ、う〜」

「ええ、ええっ」

「・・・」


 重なった2つのルビーの双眸。

 其のルビーは光る雫に、紅き輝きを増しているのだった。

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