第207話
グランとメールに連れられ、フィーユの父の下へ案内されると、其処は船の食堂でフレーシュとアンジュも待っていた。
「ふふふ、『マラン』さん」
「おお、これはメールさん、グランさん」
「はじめまして」
「貴方が司さんですか」
「はい、マランさん」
「この度は娘が大変なお世話になりました」
「いえ、自分は何も」
フィーユの父、マランは商人なだけあって物腰柔らかな口調だったが・・・。
その容姿は浅黒い肌の立派な体躯で、髪は剃られており、商人と言うよりも海の男と言った方が良かった。
「それで、司様」
「あぁ。・・・マランさん」
「はい、何でしょう?」
「実はお願いがありまして・・・」
そうして、俺は今回の経緯を俺達がサンクテュエールから来た事は伏せ、マランへと説明し、船での宿泊の許可を願い出た。
「・・・なるほど、転移関係のマジックアイテム研究中の事故で・・・」
「そうなんです」
「それは大変でしたね。皆さんは娘の恩人なのですから勿論幾らでも泊まっていって下さい」
「ありがとうございます」
「おっと・・・。幾らでもと言っても、我々がこの港に居る間だけですけど」
「ふふふ、マランさんたらっ」
「は、ははは」
「いやぁ〜」
見た目の通り豪胆で大物な人だと思った。
子供の擦り傷を治しただけで、素性の知れない俺達を自身の船に泊めてくれるなんて・・・。
そうして、俺達はマランに改めて名乗っていくのだった。
「改めまして、マランさん。私は司=・・・」
「ああ、司さんですね」
「えっ・・・」
「はは、此処ディシプルは現在複雑な状況ですからね。この船に泊まっているお客様方に、姓や国籍の確認はしてないんですよ」
「そうだったんですか・・・」
「ええ。これでも私は商人ですからね。害意が有る人間は見分けられるつもりですよ」
「なるほど」
そう言って胸を張るマラン。
俺達は好意に甘えて、続けてフレーシュとアンジュが名乗ったのだった。
一通り、互いの自己紹介を終えると、炊飯担当がテーブルへと食事を運んで来て、俺達はやって来たマランの妻も含め、夕飯を摂る事にした。
夕飯はトマト、きゅうり、レタスの夏野菜のサラダに、鯵の南蛮漬けだった。
「マランさんはディシプルには良く来られるのですか?」
「ん?ええ、1年の内で船を停泊している期間の半分はディシプルで過ごしてますよ」
「それならディシプルの事は詳しいのですね。ディシプルはずっとこんな感じなのですか?」
「いえ、前王様の時は賑やかな港街を持つ国でした」
「では、現国王様に代わって、今の様な状況に?」
「ええ。ですけど、前回は此処迄酷くなかったんですがね」
「前回はいつ頃?」
「春ですね。その頃は丁度フォール将軍が戻られて、この国も冬の間の混乱から、やっと落ち着きを取り戻しつつありましたから」
「・・・フォール将軍は、今?」
「遠征中だと聞いています」
「それは?」
「ええ。取引を行う王国の役人の方から聞きました」
「そうですか・・・」
それは嘘だろう。
フォールの愛刀である妖刀白夜を仮面の男が持っていた事、そしてルグーンの告げて来た内容。
ルグーンは信用に値しないが、あの内容で俺に嘘を吐くメリットは全く無い為、あの発言は額面通りに受け取って問題無いだろう。
「そういえば、街に行った時に、店が何処も閉まっていたのですけど・・・?」
「そうですね。現在は戦時中なので私達は、商品を王国の役人の方にしか卸せ無いのですよ」
「・・・」
「情け無い話ですが・・・」
そう言って肩を落としたマラン。
グランはその肩に、力を取り戻させる様に掌で叩いた。
「マランさん、しっかりしなさい」
「グランさん・・・」
「此の国はそもそも国土も広く無い為、採れる穀物、野菜が限られている。サンクテュエールと戦時の国に、マランさんが食料を卸さなければ、国民は飢餓にさらされているのだよ」
「ですが、それが此の国から賑わいを奪っているのです・・・」
「・・・」
(なるほど。食料を国が押さえている訳か・・・)
そうなると、街の人間や港の作業員達の様子も、国境沿いの徹底した監視も合点がいった。
(徹底した管理から生じる猜疑心と、サンクテュエールへの情報漏洩を塞ぐ為かぁ・・・)
それが分かってもどうする事も出来ないのだが・・・。
(出来るとすれば・・・)
俺の脳裏には其の人物の顔が思い浮かんだのだった。
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