第186話


「梵天丸。お前、無事に終末の大峡谷に着けたんだな」

「ああ、人族で言う所の年明け付近だったな」

「そうか、良かったよ」

「うむ。その節は世話になった」


 俺に礼を述べ一礼する梵天丸。

 その振る舞いは何処か、以前よりも人間臭さを感じるものだった。


「へえ〜・・・」

「お、おい・・・」

「・・・」

「ふう〜ん?」

「おいって、フェルト」

「え?何かしら?」

「何かしらって・・・」


 一瞬の間で梵天丸との距離を詰め、その体躯の観察を始めたフェルト。

 梵天丸には気にする様子は無かったが、流石に俺は声を掛けた。


「司」

「何だ?」

「此の面白い生き物は、司の知り合いなの?」

「面白い生き物って・・・。まぁ、知り合いではあるが」

「司は我の名付け親なのだ」

「へえ〜。貴方、名前は?」

「・・・梵天丸だ。人に名を尋ね・・・」

「フェルトよっ。梵天丸ねえ・・・。そう・・・、なるほどねえ〜」

「・・・」


 フェルトは、梵天丸からの定番なツッコミを遮る様にし名乗り、再び観察を始めたのだった。


「ふむ、其れで司は何をしに此処に来たのだ」

「あぁ・・・」


 梵天丸はやはり自身への観察に対しては、気にする風は無く、俺へと来訪の理由を尋ねて来た。


「梵天丸、光の神龍スヴュートを知ってるか?」

「うむ、空を漂っているな」

「何処だっ⁈」

「ん?もう少し海よりかな。どうした、彼の神龍に何か用か?」

「あぁ、俺達は其奴を狩りに来たんだ」

「ほお・・・」

「ふふ、勝手に私を加えないで」

「・・・」


 フェルトは俺から距離を取り、つれない態度を示すのだった。


「梵天丸、悪いがスヴュートの見える所に、案内を頼めるか?」

「うむ、それは構わないが・・・。先ずは、此処の長に会って貰えぬか?」

「長?此処に集落でもあるのか?」

「ああ、此の大峡谷全体が集落となっている」

「そうか・・・。でも、あまり時間が無いんだが」

「勿論、そんなに時間は取らせぬ」

「あと、一つ言っておくけど・・・」

「ん?」

「万が一、長にスヴュートを狩る事を禁じられても、俺は必ず神龍を狩るぞ」

「・・・」

「・・・」


 一瞬の間、見つめ合った俺と梵天丸。


「ふ、ふはは、はっはっはっ」

「ん?あぁ、そうだったな、はは」


 突然、梵天丸が吹き出し、声を上げ笑い出した。


(梵天丸と初めて話した時、リアタフテ領から出る為にリールから許可を取る必要が有ると話した事か・・・)


 あの時とは俺と梵天丸の立場が逆になっていた。


「いやぁ、人族の言葉を操れる様になって、一番笑わせて貰ったな」

「そうか?」

「うむ」

「だが、冗談はさておき、梵天丸」

「うむ。当然、長は其れを禁じたりはせぬし、司の好きな様にすると良い」

「あぁ、なら手早く会わせて貰おう」

「うむ。我について来てくれ」


 梵天丸が歩き出したので、俺が後ろをついて行こうとすると・・・。


「どうした、フェルト?」

「ふふ、どうしたもこうしたも無いわよ」

「・・・まぁな。梵天丸」

「うむ、すまんな。皆、余所者が珍しいのだ」

「ふふ、珍しい・・・、ね。そんな雰囲気では無いのだけれど」

「・・・」


 最初、梵天丸と共に身を潜めて、俺とフェルトを包囲していた連中。

 其奴らにも梵天丸と俺達の会話は聞こえているだろうに、未だに身を潜めて俺達への包囲を解かない事に、常日頃、飄々とした態度のフェルトは珍しく不快感を示したのだった。

 俺も居心地の悪さは感じたが、時間の無駄になると思い、そのままにして梵天丸に続いたのだった。

 梵天丸はしばらくの間、崖沿いを歩いて、一見なんの変哲も無い所で立ち止まって、崖へと手を添えた。


「ん?」

「・・・」


 梵天丸が聴き取れない声量で、何かを口にすると突如として崖に深く暗い陰が現れた。


「此れは・・・?」

「うむ、ついて来てくれ」


 そう言って梵天丸が陰へと踏み出すと、飲み込まれる様に其の身体が消失していった。


「どうするの、司?」

「まぁ・・・、行くしかないだろう」

「ふふ、そう」


 どういう原理かは分からなかったが、細かい説明が無かったという事は、何も考えずに踏み出せば良いのだろう。

 そうして俺達も陰へと踏み出し、其の中へと飲み込まれて行ったのだった。

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