第158話


「司、はいっ」

「ああ、ありがとうルチル」

「全部で約100万オールだから、6人で割ると・・・、約30万オールっ」

「・・・」


(いや、約16から17万オールの間だ。倍になってるぞっ)


 どうやらルチルは割り算が苦手らしかったが、アークデーモンの魔石の買取価格はチェック済みだったらしい。

 此のパーティはダンジョン攻略で得た魔石はギルドで売り全員で等分、マジックアイテムについては基本的に俺の物で話がついていた。

 ただ、ルーナについては受け取りを拒否され俺の物にしてくれと頼まれ、ディアについては支給はするが使用については制限と報告を命じた。


「意外に簡単に倒せたな」

「当然ですわっ」

「・・・まぁ、油断は禁物だがな」

「大丈夫ですわっ」

「・・・」


 いつも通り強気のミニョンだが、今の戦闘の詰めのロックシールドによる分断などを見ると、まぁ油断はしてないだろう。

 それよりも気になるのは・・・。


「おい、ディア。何時迄もへたり込んでるんじゃない」

「・・・」

「ディア?」

「分かっておるっ。そう急かすなっ、妾の仕事が多過ぎるのじゃっ」

「・・・そう言われても、仕方無いだろう。其れにディアにはスピードエフェクトも掛けてるのだし」

「むっ、せめて魔法攻撃は其々避けるか、お主が消してくれ」

「其れは・・・、駄目だ」

「うぅぅぅ」

「はぁ〜」


 リエース大森林の際にディアが使用していた、尻尾に炎を纏わせる魔法。

 ディア曰く、名は『マヒアラーティゴ』と言い、余程強力な物でなければ、魔法を掻き消す効果があるらしい。

 此処はダンジョンの中で回避出来る範囲が限られるし・・・。


(其れに、俺の深淵より這い出でし冥闇の霧は負担が大きいんだよなぁ・・・)


 あの魔法の何が負担になるのかはまだ解明出来ていない為、ディアとの初戦で使用した時の状態を考えると、おいそれとは使用出来なかった。


「とにかく、其々の役割分担と・・・、どうした、ディア?」

「・・・新たな魔物が来るぞ」

「え?分かるのか?」

「其れなりにな」

「其れなりかぁ・・・」


 獣人の嗅覚・聴覚は種族によるが、人族の其れに対して敏感なものらしい。

 ディアから告げられた新手の数は全部で7匹という事だ。


「う〜ん・・・」

「どうしますの、司さん?」

「良しっ、皆んな通路迄退がっていてくれ」

「え⁈1人で戦うつもりですの⁈」

「そんな訳無いさ。ちょっと使ってみたい魔法が有るんだ」


 俺からの指示に、疑問符を浮かべながらも背後の通路に退がる仲間達。

 其れを確認し、壁際に移動し壁に右手を添えた。


(空間の広さ的に、8割位は効果範囲になると思うのだが・・・)


 そんな事を考えながら、若き日に大魔導辞典へと記した魔法を詠唱した。

 すると壁の表面に大型の魔法陣が描かれ、溶け込む様に消えていった。


「良し」


 呟く様に魔法の第1段階の成功に納得し、俺は皆の下へと退がった。


「何をしましたの?」

「まぁ、見てれば分かるよ。ディア、距離は?」

「・・・10メートル程じゃ」

「7匹で良いんだな?増援は?」

「問題無い」

「了解。皆んな、俺が合図したら一気に流れ込んで、各自敵を仕留めてくれ」


 俺の指示に頷き、了承の意思を示すのだった。

 影に潜み、視線を向かい側の通路に集中していると、先鋒か?2匹のアークデーモンが空間に進入した。

 直ぐに仲間達の亡骸に気づいたアークデーモン。

 1匹が其れらの状況を確かめる様にチェックをし、もう1匹は空間の中を観察していた。


(バレるなよ・・・)


 此方の通路に視線を向けてきたアークデーモンに、息を潜め、精一杯気配を消す俺達。

 願いは通じたらしく、アークデーモンは自らが進入して来た方の通路へと合図を送った。

 最初に3匹、少し間を置き2匹のアークデーモン達が空間に進入し、全部で7匹のアークデーモンが揃った。


(此奴等・・・、遅れて入って来たって事は自分達の後方にも、注意を向けていたのか・・・)


 知性が高いっていうのは伊達じゃないのだろう。

 俺は心の中で感心するのだった。


(でも・・・、此れには気付けないみたいだなっ‼︎)


 俺は自身の仕掛けた罠に嵌った魔物達への、レクイエムとでも言うべき魔法を発動した。

 魔法の発動と共に空間は壁から発せられた爆炎に包まれ、熱を帯びた爆風が此方にも僅かに吹いた。


「行くぞっ、皆んな‼︎」

「・・・っ」


 一瞬、皆の耳がおかしくなり、指示が届いていないのかと思う程の轟音だった。

 

(死者に安らぎを与える鎮魂歌には相応しく無いな・・・)


 そんなどうでも良い様な考えが、先程の自身の思考に応える様に過ぎったが、直ぐにそんな自分を笑い、空間の中へと、アークデーモン達に止めを刺す為に駆けて行った。


「終わったね」

「ああ、手早く済んで良かったよ」

「そうだね。でもあの魔法って・・・」

「ああ。『執行人による紅蓮の裁きカールフェクス・コッキネウス・ユーディキウム』という魔法だ。まぁトラップ系の魔法だな」

「へえ〜・・・」


 仕留め損なった3匹のアークデーモンに止めを刺し、ルチルからの問いに答えたが、彼女はどこか呆れた様に相槌を打つだけだった。


 その後、俺達は5時間程ダンジョンを奥へと進んで行き、今日の探索はお開きとし、帰還の護符でダンジョンから脱出した。


「成果はアークデーモン27匹か・・・。良い結果だな?」

「ええ。かなり良い結果だと思います」

「まだまだ、物足りませんわっ」

「・・・まぁ、今日は此れで良いだろ」

「当然でしょう。無理は禁物です」

「むぅ〜、ですわっ」

「・・・」


(対照的な姉妹だなぁ・・・)


 俺はフレーシュとミニョンの反応の違いにそんな事を思った。


(本日の成果総額540万オールで、1人頭の取り分は90万オール也)


「・・・」

「大丈夫か、ディア?」

「・・・きつい」

「そうか。まぁ、今日は良くやった」

「・・・」

「次も頼むぞ?」

「ちゅかさ・・・、きらいっ‼︎」

「ふむふむ、なるほどなぁ〜」

「ぶう〜」


 幼児形態に戻り、衣服が汚れるのも気にせず、地面に座り込むディア。

 俺の問い掛けには面白くなさそうに返答してきた。


 翌日、俺はディアをそのまましておく訳にもいかず、ダンジョン探索は休み、気分転換にディアを連れて出掛けたのだった。


「本当にあんな所で良いのか?」

「・・・うん、いい」

「そうかぁ・・・」

「・・・」


 幼児形態のディアを自身の前に乗せ、馬で屋敷を出発した俺達2人。

 ディアからの意外なお出掛け場所のリクエストに、聞き返してしまうのだった。


 屋敷から約20分程馬を走らせた先、大樹へと成長した神木がディアからのリクエストだった。


「しょっ」

「おい、転ぶなよ?」

「んっ」

「ふぅ〜・・・」


 着いたと同時に馬から飛び降りたディア。

 俺からの忠告に背中で返事をし、神木へと駆けて行った。


(それにしても、日に日に成長していくよなぁ・・・)


 もう既にダンジョンから魔物が此処に向かう事も無くなり、魔空間による汚染も無い筈なのに、何を養分としているのか、神木は未だに成長を続けていた。


「その内宇宙まで届きそうだな」

「ん?うちゅうってなに?」

「あぁ、空のずっとずっと上の方だ」

「そっか〜、おひさまよりも?」

「ん、太陽と同じ位だな」

「へえ〜、じゃあうちゅうってすっごいあついんだ」

「かもな」

「ふう〜ん・・・、ん」


 そんなどうでも良い話をしながら、ディアは神木に背中を預ける形で腰を下ろし、頭までもたれ掛かった。


「まるで、神木に抱かれてるみたいだなぁ」

「・・・そだよ」

「え?」

「・・・」


 ディアの姿を見て、幼児形態なのもあり、そんな事を誰にでも無く呟くと、ディアから予想外の返事が返ってきた。


「このきはあたしのおかあさんなの」

「・・・」

「ちいさいころからずっとずっと、おうちにはあたしのいていいところはなかったから」

「ん?でもディア程強いなら・・・」

「ん〜ん、あたしがおねえさまよりつよいからいけない。さとのおさはおねえさまだから」

「あっ・・・、あぁ、なるほどな」

「・・・」


 ディア曰く、狐の獣人の里で長となれるのは長子のみ。

 其の掟は絶対で、本来なら長子以降の子供は、跡目争い等を起きない様にする為、別の里へと移されるのが掟だった。

 其の掟の為、次女として生まれてしまったディアへの扱いに、ミラーシの者達は苦労していたらしい。

 九尾の銀弧は狐の獣人に伝わる英雄で、掟とはいえ別の里に移すのは惜しく、結局は掟に背きディアをミラーシに残すのだが、其れは長であるエルマーナより優れた妹が居るという事実を日々実感し続ける事になる。

 結果、姉からも里の者達からも疎まれ、遠ざけられ行き着いた先がリエース大森林だったらしい。


(ディアの両親が不明なのは此の辺の事情も関係してるのかもな・・・)


 ただ、初代の伝承といい、皮肉なもんだなぁ・・・。


「すう〜・・・、すぅ〜」

「ん?寝たのか・・・」

「・・・んんん」

「・・・」


 いつの間にか眠ってしまったディア。

 久し振りに懐かしさを感じられる場所に来たから、安心したのだろう。

 俺は其のままにし、隣に静かに腰を下ろした。


「むにゃむにゃ・・・、おかあさん・・・」

「・・・」


(ディアにとっては、神木が母親の抱っこの温もりなのか・・・)


「ん?」


 小さな、柔らかな髪を持つ頭が俺の肩へと寄り掛かってきた。


「・・・おとうさん」

「・・・」


 其の柔らかな髪を手櫛する様に撫でると、ディアは少し擽ったそうに首を揺らした。


「ふふふ、おとうさん・・・、すぅ〜、すぅ〜・・・。くちゅっんっ」

「・・・はぁ〜」


 俺はコートを脱ぎディアに掛けてやった。


「あったか、あったか、・・・むにゃむにゃ」

「・・・起きてるんじゃないのか?」

「んんん・・・、すぅ〜」

「・・・」


 その後、夕暮れ時迄、神木で過ごし屋敷に戻った俺達。

 翌日、放課後から再開したダンジョン探索では、ディアから初日の様な不満は出る事は無く、順調に進むのだった。

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