第112話


 グリモワールの用件を済ませた日。

 晩に宿に帰るとルーナから微妙に距離を取られた。


「どうしたんだ、ルーナ?」

「・・・いえ」

「ん?」


 俺をまるで汚物でも見る様な目で見てくるルーナ。


(え〜と、何かしたかなぁ・・・?)


 疑問に思う俺にルーナは短く告げてきた。


「司様、お風呂済ませたらどうですか?」

「・・・あっ、そう言う事か」

「・・・」

「悪いなルーナ、もうミニョンの家で風呂を借りて来たんだ」

「・・・本当ですか?」

「ああ、此のとお・・・、って」


 俺が近づいて匂いを確認して貰おうとすると、それに合わせて後退るルーナ。

 必死で釈明したが信じてくれないルーナに、俺は結局風呂へと向かうのだった。


(ま、まあ、作業もしたし風呂は入るつもりだったから良いんだが・・・、グスッ)


 翌朝、俺はリールから頼まれたエヴェックへの手紙を渡そうと、ヴィエーラ教のサンクテュエール支部の建物に向かった。

 ルーナも誘ったのだが、宿に残るとの事だった。


(まさか、まだ俺の事が臭い思ってないよな・・・)


 ヴィエーラ教の建物はかなり大きく立派な物で、やはり宗教ってのはどの世界でも儲かるんだなと思った。

 入り口の受付へと向かうと何だろう?周りをバタバタと駆け回る人間が目に付いた。


(何かトラブルか・・・?)


 ただ重大なトラブルと見ると、その顔は何処か皆仕方無さそうな顔で駆けており、早急に対応する必要の有る事態では無い様に感じた。

 俺はそんな連中を横目に受付を済ませ、エヴェックの居る執務室へと案内して貰った。


「ほっほっほっ、これは真田殿久しぶりですな」

「ご無沙汰しております、エヴェック様」

「どうですかな、其の後ローズ嬢とは上手くやっていますかな?」

「はい、お陰様で」

「そうですか、それは良かった」


 俺はエヴェックとそんな挨拶代わりの世間話をし、アイテムポーチからリールより預かった手紙を取り出し、エヴェックへと渡した。

 エヴェックは老眼鏡を取り出し手紙に目を通した。


「ほお、これは目出度い事ですな」

「ありがとうございます」

「出産予定はいつ頃ですかな?」

「来年の夏、7月頃の予定です」

「そうですか、2人の子供なら将来有望でしょうな」

「はあ、まあ今は元気に生まれてくれればそれで十分です」

「ほっほっほっ、違いないですな」


 その後エヴェックに式の希望を聞かれた俺は、ローズからはリールが妊娠中に式を挙げたので、自身もそれで構わないと伝えられていたので、直ぐにでもと答えて良かったのだが、国王からの仕事も有る為返答を待って貰う事にした。


(そもそも今回王都に来たのは、紛争の戦果に対してお褒めの言葉を頂くだけの予定だったからな・・・)


 俺はローズには説明すれば分かって貰えるだろうと思う事にした。

 そうしていると部屋へ若い男が入室して来た。

 男は歳の頃と身なりから侍祭あたりだろうか、エヴェックに何事か耳打ちをし、それを受けエヴェックは軽く溜息を吐いた。

 男はその後直ぐに俺へと一礼をし退出して行った。


「失礼ですが、何事か有りましたか?」

「ああ、これは申し訳ありませんな」

「いえ、急な来訪でご迷惑をおかけしていますので」

「いえいえ、とんでもないですよ。この様な年寄りには、真田殿の様な若いお客様は滅多に無く、楽しませて頂いておりますよ」

「いえ、とんでもありません」


 不躾な質問かなとも思った。

 だがエヴェックから告げられた事実は意外なものだった。


「実はお恥ずかしながら我が孫娘の事なのですが・・・」

「エヴェック様のお孫さんですか?」

「はあ、これが中々のお転婆でして・・・」

「はあ・・・」

「教会併設の学院に通っているのですが・・・」

「・・・」

「今日もサボりだそうで、学院の教師から連絡がありましての・・・」

「成る程、そう言う事ですか・・・」

「はぁ〜・・・」


 溜息を吐きながら肩を落とすエヴェック。

 今日もと言う事は、何時もの事なのだろう。

 ただ、エヴェックがどんなに気を揉んだ所で、結局は本人次第だと思うのだが・・・。

 それでも重い話を聞かされるよりはマシだと思いながら、その後暫しの間俺はエヴェックの愚痴に付き合うのだった。

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