第96話


「そう言えば、若様・・・」

「アームさん、どうかしましたか?」

「はぁ、実はですなぁ・・・」

「ん?」


 日頃の豪快な態度とはっきりとした物言いから考えられない程、何かを言いづらそうにしているアーム。

 ローズから少し心配そうに覗き込まれ、意を決したのか、重い口を開いた。


「実は依頼したい仕事が有るのですじゃ・・・」

「私にですか?」

「はい」

「内容はどういったものなのでしょうか?」

「魔物退治ですじゃ」

「魔物退治ですか?」


 アームからの意外な依頼に、俺はほぼそのままのセリフで聞き返す事しか出来なかった。


「え〜と、其れはダンジョンに魔物を倒しに行けば良いのですか?」

「いえ、違うのですじゃ。魔物退治はリアタフテ領の野外で、行なって頂きたいのですじゃ」

「野外ですか・・・。あれ?でも魔物ってダンジョンから出るのですか?」


 俺は過去にダンジョンでルチルから説明を受けた時に抱いた感想を思い出した。

 魔物連中にとってはダンジョンこそが、一番過ごし易い場所で、其処から出る意味は無い様な気がしたのだが・・・。


「勿論通常ならダンジョンから出る意味はありません。ただ今は昨日迄の紛争で、ダンジョン外に濃密な魔空間が発生しているので、奴等の栄養が溢れている状況なのですじゃ」

「なるほど・・・」


 戦闘が大規模なものになれば、大量の魔法が使われ通常ダンジョンより、魔空間の濃度が増し、魔物にとっては魔石に魔力を取り込み易い地帯が生み出されるのか・・・。

 当たり前の事なのだろうが、少し感心してしまった。


「薄情にも冒険者連中の多くは紛争開始と共にリアタフテ領から出てしまい、残った冒険者も先の戦闘で傷ついた者も多く、絶対的に冒険者の数が足りていないのです」

「そうだったんですか・・・」


 其れはまた意外な事実だった。

 確かに小説などでは、戦争に参加する冒険者が描かれたりするが、今回もそういった人達がいたとは・・・。

 俺は仕事とは言えリアタフテ領の為に尽くしてくれた冒険者達に、感謝の念を抱くのだった。


「そう言う事でしたら、是非」

「そうですか、ありがとうございますじゃ」


 ホッと胸を撫で下ろしたアームに俺は状況の確認をした。

 今リアタフテ領で稼働中のダンジョンは3個となっており、其の入り口に兵を配置し魔物の出門を数、種類等記録しつつ、出来得る限り其の場で処分しているとの事だ。

 俺は取り逃がした魔物の処分を行えば良いとの事だった。


「そういえば、ワーウルフは知っているのですが、他にはどんな魔物がいるのですか?」

「そうですなぁ、他にはゴブリン、ゴブリンソーサラー、スライム等ですじゃ」

「ゴブリンソーサラーですか」

「はい、其奴は魔法も使える厄介な奴ですが、何より厄介なのはスライムなのですじゃ」

「スライムが?」

「はい、奴めは打撃の効きが悪く、斬撃も仕留めるにはコツが要りますので、有効な手が魔法となるのですじゃ」

「なるほど・・・」


 其処ら辺はゲームや小説のネタに近いんだな・・・。


「では私はとりあえずルーナに声をかけて来ます」

「それでは街のギルドに集合でよろしいでしょうかの?」

「わかりました、それでは後ほど」

「はいですじゃ」


 そう返事をして足早に部屋を出て行ったアーム。

 俺はローズから学院に居るルチルにも声を掛けてみたらと言われた。


(そうか、ルチルはあの後学院に戻ったのか)


「わかった、じゃあ行って来るよ」

「気をつけてね・・・、あ、あな・・・」

「ん、どうしたんだ、ローズ?」

「ううん、はぁ〜、ふぅ〜」

「?」


 何か言いかけて口籠ったかと思うと、突然深呼吸を始めたローズ。

 何か決心した様な表情で口にした言葉は、俺をドキッとさせるものだった。


「気をつけて行ってらっしゃい、あなた」

「あ、ああ、行って来るよ」

「・・・っ」


(そういえば子供が出来たって事は正式に結婚するんだな俺達・・・)


 そうしてローズに見送られ、部屋を後にした俺、ミニョン、フレーシュの3人。


「そう言えば今回の件ありがとう、ミニョン、フレーシュ」

「え?そ、それは当然の事をしたまでですわっ」

「・・・私はお嬢様の護衛が仕事ですので」

「ああ、それでも本当に助かったよ、ありがとう」

「ま、まあ、お礼の言葉は頂いておきますわっ」

「・・・どうも」

「それで司さん?」

「ん、どうした?」

「魔物退治、私もお手伝いしますわ」

「え?」

「ちょっと、お嬢様っ」


 ミニョンからの申し出に驚く俺とフレーシュ。

 ただフレーシュの反応は驚きより、何を馬鹿な事をといった印象が強かった。


「お嬢様、馬鹿な事を言わないで下さい‼︎」

「な、何が馬鹿な事なのですの?まだリアタフテ領の危機には変わりないのですわ」

「それはリアタフテ家の問題です。他国からの侵攻なら王国の問題、協力の必要もありますが、他家の治める領地の問題に首を突っ込む必要はありません‼︎」

「で、でも・・・」

「いい加減ワガママが通る年齢では無い事を理解しで下さい‼︎」

「ワ、ワガママですって・・・」

「そうです」

「別に私が何処で何をしようと私の勝手ですわ‼︎フレーシュは一緒に来なければ良いじゃありませんの⁈」

「・・・何ですって」

「ちょ、ちょっと2人とも落ち着けよ」


 突如始まったミニョンとフレーシュのいざこざに、俺は2人を鎮めようと声を掛けたがフレーシュに刺す様な視線を向けられた。


「リアタフテ領の危機ですって?綺麗事を口にするのをやめなさい‼︎結局貴女は此の恥知らずな男に溺れているだけでしょ、ミニョン‼︎」

「・・・っ」

「何ですって・・・、其の言葉取り消しなさい、フレーシュ‼︎」

「取り消す必要は無いわっ、此の男はあの男と同じ事をしているのだから・・・」

「違いますわっ、それ以上司さんの事を悪く言うのであれば、容赦しませんわよ‼︎」

「っ・・・、貴女って娘は、本当に・・・」

「お、おい、フレーシュっ」


 フレーシュがミニョンとの間を詰めた瞬間、破裂音の様な高い音が屋敷の廊下に響き渡った。

 頰を押さえたミニョンはフレーシュの方を見ずに、口を開き短く「これで満足でしょ」とだけ言った。

 フレーシュはそんなミニョンを一瞬、親の仇でも見る様に睨みつけたが、結局はそのまま場を後にした。


「え・・・?」


 フレーシュが去った後、顔を上げたミニョンを見て俺は短く驚きの声を上げてしまった。

 其の赤く染まった頰のミニョンの顔は、何故か此の場を去ったフレーシュと重なって見えたのだった。

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