第94話


 翌日の朝。

 窓から差す朝日の眩しさに目覚めた。


「あれ・・・、もう」


 無意識で呟いた独り言に、俺は久しぶりに寝坊をした事に気がついた。

 此方に来てから、特に魔法を使える様になってからは、毎朝の鍛錬は日課になっていたので、屋敷で俺より早く動き出すのはアナスタシアしか居なかったのだ。


(流石に今日は魔力を消費しない方が良いか・・・)


 俺は闘いが継続中な事から朝の鍛錬は控え、とりあえずローズの様子を見に行く事にした。


「ん、あれは・・・?」


 ローズの部屋の前、見覚えの無い男が立っていた。


「あぁぁん」

「え、え〜と?」

「あ?誰だてめぇ、あ?此処が頭のお嬢の部屋と知って、あ?ウロついてるのかぁ」

「・・・」


 頭?

 お嬢?

 ローズの部屋の前なのだから、お嬢と言うのはローズの事なのだろう。

 それにしても・・・。

 先程からずっと俺を睨みつけ、威嚇してくる姿勢をとっているのだが、此の男・・・。


(見覚えはないのに、既視感はある・・・)


 其の心は・・・、此の男の出で立ちにあった。

 服装は下は革パンに、上は革のライダースジャケットで其の背には髑髏の刺繍がなされていて、其の髪型はリーゼントと言った具合に、リアルでそんな知り合いは1人も居なかったが、結構好きで愛読していたヤンキー漫画の登場人物に居そうな出で立ちだったのだ。


(ザブル・ジャーチにもヤンキーって居るのか?)


 俺がそんな不毛な思考を重ねる最中にも、男は其の周りをメンチを切りながら歩いていた。


(さて、どうするかなぁ・・・)


 きっと俺を部外者か何かと勘違いしているのだろう。

 ただ、部屋に入ればローズが居るだろうし、1発で誤解は解けるだろうが、それを許可してくれそうには見えないしなぁ・・・。

 俺が困り果てて居ると、背後から救いの手が差し伸べられた。


「司様?何をされているのですか?」

「え?ああ、アナスタシアか」

「おはようございます。昨日はゆっくり休めましたか?」

「ああ、久しぶりに寝過ごしてしまったよ。朝の準備もあるだろうにすまない」

「いえ、昨日の激戦を考えれば当然です。それに屋敷で休まれる時に、気持ち良く過ごして頂くのが私の仕事ですので」

「ああ、ありがとう」


 アナスタシアは、昨日ローズの妊娠を知った時の取り乱した姿はなく、いつもの落ち着いた彼女に戻っていた。


「あれ?アナスタシアの姐御、知り合いですか?」

「ええ、当然でしょう。此の状況で屋敷に見知らぬ者など侵入させる訳が無いでしょう?後、姐御はやめなさい」

「へ、へいっ‼︎すいません姐御‼︎」

「・・・」

「あ、いえ、アナスタシアさんっ」

「まあ、良いでしょう・・・。それと挨拶がまだなら、司様に挨拶をなさい。此の方は、お嬢様の婚約者にして、今回の戦闘の一番手柄を上げた真田司様ですよ」

「え、じゃあ、若頭ですかい・・・?」

「い、いえ、若頭ではな・・・」

「へ、へへぇ〜、若頭とは存じ上げず挨拶が遅れてしまいました。ご無礼、無作法ご容赦くださいませ」

「い、いえ、だから若頭ではな・・・」

「若頭、ささ、どうぞお通り下さい‼︎」

「・・・」


 う〜ん、悪い人では無さそうだけど、人の話を聞かない人だなぁ・・・。

 若頭では無い、そう否定しようとするのを、此の男は丁度良いタイミングで遮ってきた。


(まあ、通してくれるのだし・・・)


 両手を其々両膝に置きら頭頂部がしっかりと見えるくらいまで頭を下げ道を開ける男に、俺はまるっきり若頭という単語に本職の其れを感じ、げんなりしながら、ローズの部屋へと入室するのだった。

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