第92話


「司様」

「ルーナ、どうかしたのか?」

「ええ・・・」


 アームと共に俺と合流したルーナ。

 今回のフェーブル辺境伯軍に与えた損害を考えると、ルーナの活躍は大きなものだったのだろう。


「私、1度マスターの下に戻って良いでしょうか?」

「もしかして、何処か故障でも?」

「いいえ、私は大丈夫なのですが、マスターの事が・・・」

「そうか・・・」


 そう言って少し寂しそうな表情を浮かべてみせるルーナ。

 彼女にとってはフェルトは生みの親で、きっと誰よりも心を許せる存在なのだろう。

 そもそも、連合軍が消えてしまったのがフェルトの仕業と、決まった訳では無いし、フェルトが危険に巻き込まれている可能性も有るのだ。


「だが、1人で大丈夫か?」

「ええ、とりあえず現地に行ってマスターが見つからなければ、学院の寮と部室に行ってみます」

「もしそれで見つからなければ、俺の所に戻ると約束出来るな?」

「司様・・・、勿論です。其の時は必ず司様に探し出して頂きます」

「ルーナ・・・、良し分かったよ」


 1人で勝手な事はしないとの約束を取り付け、俺はルーナに単独行動を許可した。

 魔力供給が必要か聞いたが、まだ魔力に余裕はあるとの事だった。

 ルーナは此処に来るのに使った馬に乗り直ぐに出発した。


「さてと、俺達は1度屋敷に戻るか」

「そうですな、リール様より指示を頂くのが肝要ですな」

「良し、行こうか、ロー・・・」

「つか・・・」


 屋敷に戻ろうと声を掛け様とした俺の目の前で、倒れ崩れ落ちてしまったローズ。

 其処からは取り乱し記憶が無いのだが、倒れたローズと発狂したかの様に暴れる俺を、屋敷に連れ帰るのが大変だったそうだ・・・。


 そして・・・。


「大丈夫ですよ、ご主人様。ローズ様はお強い方です」

「・・・」


 アンか・・・。

 そういえばさっきから俺の頭を抱きしめ、頭を撫でている小さな手の確かな温もりが感じられた。

 俺は落ち着きと共に、徐々に意識と思考がはっきりしてくるのが分かった。


「アン・・・」

「大丈夫・・・、大丈夫ですにゃ」

「ありがとう、もう大丈夫だ」

「はいにゃ・・・」


 そう言ってアンは俺の髪に、日頃は常に開いている其の唇を結び、其れで軽く触れた。


「・・・ローズは?」

「お部屋で医師様が診てくれてます」


 そう答えアンは、俺の前方にいたその身をずらし、ローズの部屋のドアを示した。

 俺はいつの間にか屋敷のローズの部屋の前で座り込んでいたらしい。


「どれ位時間が経ったんだ?」

「屋敷に戻ってからは2時間程でしょうか?」

「部屋の中には?」

「リール様とアナスタシア様が付いています」

「そうか・・・」


 医者やリールとアナスタシアが信用出来ない訳では無いが、やはり任せきりには出来ない。

 俺は部屋へと入室しようと立ち上がると、部屋のドアが開き、中から女医とアナスタシアが出て来た。


「司様、もう大丈夫なのですか?」

「ああ、すまないアナスタシア。で、ローズは?」

「それは・・・」

「お、おいっ、嘘だろ‼︎」

「あ、すいません。決してお嬢様の身に重大な障害が有る訳では無くて・・・、その・・・」


 ローズの身に危険は無い。

 だが答えには困るという感じのアナスタシア。

 俺は焦ったくなり、女医へと問いかけ様とすると、その女医はかなり不機嫌そうに非難する様な視線を俺へと向けてきた。


「あ、あの・・・」

「貴方が真田司様ね?」

「え、えぇ・・・」

「何を考えているの‼︎」

「は、はいっ・・・、いや、えぇぇ」


 女医からの一喝に縮まりこみ、ローズの事を問えなくなる俺へ、彼女はそのまま怒りをぶつけてきた。


「こういう時は男性が気がついてあげるのが必要なのよ‼︎」

「は、はいっ」

「最近ローズ様は体調の変化が多かったのでしょう‼︎」

「そ、そうですっ」

「なら何故直ぐに私の所に相談に来ないの‼︎」

「えっ、いえ、それは・・・」

「口答えをしない‼︎」

「い、いや・・・、はいっ」


(この人は何でこんなに怒ってるんだろう?)


 俺は理不尽と思える怒りに、ただただ従うしかなかった。

 だがそんな俺に対する助け船が、ローズの部屋の中から出た。


「先生、それ以上司を責めないで」

「ロ、ローズ・・・」

「司、ごめんね。悪いのは私なのだから・・・」

「い、いや、ローズっ」


 俺は部屋の中のローズの下へと駆けた。


「ローズっ、良かった。無事だったんだな」

「ええ、ごめんね、司」

「良いんだ、良いんだ、良いんだ」


 ローズを華奢で弱々しい肩を抱きしめ、ただその言葉しか続けられない俺に、ローズはその手で俺の背を撫でて応えてくれた。


「ふぅ・・・」

「ふふ、ごめんなさいねぇ、先生ぃ」

「リール様・・・、こういう事は母親の教育も必要なのですよ?」

「そうねぇ、ごめんなさい〜。ふふふ」

「もぅ〜」


 ごめんと謝りつつも何処か嬉しそうなリール。

 その態度に呆れた様に溜息を吐き、女医は俺とローズを見据え、先程迄のムッとした怒りの表情から穏やかで朗らかな表情に変えた。


「とにかく・・・、2人ともおめでとうございます。でも大変なのはこれからよ?」

「は、はい、先生。どうぞよろしくお願いします」

「えっ、そんなに病気長引きそうなのか?」

「え、い、いや、私病気じゃないのよ・・・」

「え?」

「あのね、司様・・・」

「ま、待ってください、先生っ。私から言います」

「?」


 女医の言葉を遮り、ローズは俺へと真剣な表情を向けた。


「司、報告が遅れてごめんね・・・。私・・・、妊娠してるの」

「え?」

「・・・」

「え、え〜と・・・」


 突然の事に何が何だかんだ分からなくなった俺に背後から祝福の声がかかった。


「ローズちゃん〜、司くん〜、おめでとう〜」

「ご主人様、ローズ様おめでとうにゃ」

「ありがとう、お母様、アン」

「お嬢様・・・」

「アナスタシア・・・」

「お二人共、本当におめ、おめでとうぅぅ・・・」

「アナスタシアっ」

「お嬢様、すいません・・・。うぅぅ」

「あらあらぁ・・・、ふふ」

「にゃ〜」


 喜びからだろう、日頃決して冷静な表情が崩れる事の無いアナスタシアが、涙を流し崩れ落ちてしまった。

 そんなアナスタシアを見てリールとアンは微笑みながらも、その瞳には輝くものが見えた。

 そんな彼女の側に行きその身体を抱きしめたローズ。

 やはりこの2人には俺には分からない信頼関係があるんだな・・・。


「ローズ・・・」

「司・・・」

「ありがとう・・・」

「うんっ」


 俺は何はともあれ、ローズへと感謝を口にするのだった。

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