第70話


 翌日の朝、俺は一人演習場へと向かっていた。

 いつもならアナスタシアと共に行くのだが、今はお客様の対応に追われ、彼女に朝の鍛錬をする時間は無い様だ。


(ローズはまだ本調子じゃないからなぁ・・・)


 学院のある日は付き合う事は無いのだが、休日は身体が鈍らない様にローズも共にトレーニングを行うのだが、まだまだ体調が良くない様だった。

 季節の変わり目で体調を崩してるだけと、本人は言っていたが、そろそろ医者に診せた方が良いだろう。


「ん?」


 演習場に近づくと何やら人の気配がした。


「あれは、・・・フォールか?」


 演習場の中ではフォールが素振りをしていた。


「おはようございます、フォール将軍」

「ああ、おはよう」

「其れは・・・」

「ん、ああ、珍しい形だろう?」

「え、ええ・・・」


 フォールが素振りに使っていた得物、其れは刀だった。


「『妖刀白夜』と言う名だ」

「妖刀、ですか・・・」

「ああ」


 妖刀白夜。

 其れはその名の通り、何かしらの妖気を感じる程白く輝く刃から、月の灯りを思わせる淡い光が漂っていた。


「・・・」

「ふっ」

「あ、あぁ・・・」

「君もこの妖刀に、心を囚われてしまったかな?」

「ええ、凄いですね、刃こぼれ一つ無い」

「手入れは特別必要無いのだよ」

「え⁈」

「この白夜は魔力を吸い、その刃を再生するのだよ」

「そうなんですか」


 魔力を吸うかぁ・・・、そういえば。


「魔導士斬り・・・」

「ふっ、そう呼ばれる事もあるな」

「フォール将軍には魔法は通用しないという事なんですね」

「そうとは限らんさ。白夜で受け止められなければ魔法で傷つくし、魔流脈も強い方では無いしな」


 フォールはおまけに魔法の心得は無いしなと、少しはにかみながら続けた。


「白夜は何処で手に入れたのですか?」

「ああ、此れは我が主君より頂いた物だよ」

「へぇ」

「余程興味を惹かれたのだな?」

「ええ、実はその形の剣は自分の故郷にも有るんですよ」

「なるほど、郷愁の念と言うものかな?」

「そうなんですかね?」

「私も此れ以外には見た事は無いが・・・」

「?」

「ただ、この世界の何処に、刀を専門に打つ鍛治師が居ると言われている。そしてその者は刀匠と呼ばれているそうだ」

「刀匠ですか?」

「うむ、機会があれば探してみると良い」

「はい」


 この世界の何処にかぁ・・・。

 いつか見つけて刀を打って貰うのも良いかな、そう思った。


「だが、君は若いのに感心だな」

「え?」

「鍛錬に来たのだろう?」

「まぁそうですけど・・・」

「私が若い頃は鍛錬などよくサボっていたよ」

「はぁ・・・」

「愚かなものだった」


 フォールは遠くを眺めながら、そう呟いた。


「ですがフォール将軍は今は毎日欠かしていないのでしょう?」

「ああ、如何に自身が弱いか思い知ったからな」

「え?」

「ふっ、何か可笑しかったかな?」

「いえ、ただフォール将軍は大陸最強の剣士とも呼ばれていると聞いていたので・・・」

「最強かぁ・・・」

「興味有りませんか?」

「・・・」


 俺はこの人がどれ程強いのかは人から聞いた話でしか知らなかった。

 ただ総じて人から高い評価を受ける人程、其れに興味を持たない事が多かった。

 そんな事を思ったのだが、フォールの答えは意外なものだった。


「いや、今も私は最強を求めているよ」

「・・・」

「ただ其れは決して辿り着けるものでは無く、永遠に追い求めるものなのだ」

「・・・」

「満たされた獣など愛玩動物も同じ」

「・・・」

「成り下がれば子供と庭を駆け回り、老婆の膝で背を丸め過ごすのみ」

「・・・」

「私は死すまで渇き飢えた獣でいたいと渇望しているのだよ」

「・・・」


 そう語るフォールの横側に、俺は武人の生き様を感じた。

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