第53話


「駄目よ」

「いや、そう言われてもなぁ」

「言ったでしょ、その件は貴方に頑張って貰うしか無いって」

「解ってるよ、ただ俺も居候の身だしなぁ・・・」

「でも、リアタフテの娘は貴方に夢中らしいじゃない。肩に腕を回して、髪でも撫でてやりながら頼めば直ぐに従うんじゃないの?」

「そんな訳あるかっ‼︎」

「ふふ」

「お前、真面目に考える気無いだろ?」

「ふふ、当たり前でしょ?私は忙しいのよ」

「・・・」


(まあ、確かに先程から全く作業の手を止めず、視線も此方に向けないが・・・)


 翌日の昼休み、俺は再びザックシール研究室へと足を運んでいた。

 因みにルーナは学院に到着して直ぐこちらに移動していたのだが、俺とフェルトの会話にも無言で瞳を閉じ鎮座していた。


「そう言えば、そろそろお願い」

「お願いって?」


 フェルトは俺からの相談には答えないが、自身の頼みはあるそうだ。

 俺は少し不満顔でその内容を聞いた。


「ルーナの魔力供給よ」

「あ、ああ」

「貴方忘れていたでしょう?」

「そう言えば、どうやれば良いんだ?」

「ふぅ、昨日教えたでしょう?」

「そ、そうだけど・・・」


 肉体の接触と言ってもなぁ・・・。

 俺はもっとハッキリとした答えが欲しかった。


「取り敢えず、肩に腕を回して、髪を撫でてみなさい?」

「だから、そんな事出来るかっ‼︎」

「ふふ、でもこれは冗談では無いのよ?」

「あ?」


 フェルト曰く手の甲に掌を乗せても魔力供給は可能だが、その量は1時間で5分程度と効率が悪いものだった。

 より親密さを感じさせる方法なら、僅かな時間で一日中活動出来るらしく、昨日は頬ずりが有った為この時間迄持っているとの事だ。

 ただ、既にルーナは魔力切れ寸前らしく、余計な動きをしない様にしていた。


「早くしてあげなさい?」

「そう言われてもなぁ・・・」

「・・・司様」

「ん、どうした?」

「早くして下さい」

「え?」

「ふふ、ルーナの方が積極的じゃない?」

「そうではありません、マスター」

「あら、そう?」

「はい、このまま停止状態になってしまったら、どんな辱めにも抵抗出来なくなってしまいますから」

「人聞きの悪い事言うじゃない‼︎」

「・・・とにかく早めにお願いします」

「うっ・・・」


 俺はフェルトの提案に乗るのは癪だったが、ルーナの隣に腰を下ろした。


「はぁ〜・・・、ふぅ〜・・・」

「ふふ」

「くっ‼︎」


 深呼吸して心を落ち着ける俺を面白そうに見るフェルト。

 いや、何でこのタイミングで作業止めるんだよ?

 言ってる間にルーナが停止しても可哀想なので俺は、隣にある華奢な肩に腕を回した。


「んっ・・・」

「わ、悪い・・・」

「いえ、大丈夫です」


 ちょっとビクビクし過ぎてしまったのか、余りにも弱く回した腕にルーナは身動ぎした。


「それだけだと、直接の接触が無いから髪に触れてみて」

「あ、ああ、こうか?」

「あ、あんっ」

「え⁈」

「み、耳には触れないで下さい」

「す、済まん」

「ん〜」


 髪を撫で様とした指先が耳に触れたのか、ルーナのその頰が少し紅潮していた。


(何で、感度なんて与えたんだ〜)


 俺はフェルトに心の中で毒づきながら、ルーナの柔らかな銀髪を撫でた。


「な、なあ?」

「何かしら?」

「これでどの位、活動出来るんだ?」

「そうね〜、昼休み終わりまで続けて明日の昼位じゃない?」

「そうか・・・」

「もっと濃厚なスキンシップなら、かなり持つわよ?」

「濃厚なって・・・?」

「例えばキスとか・・・、まあそれ以上でも良いのだけど、ふふ」

「っ‼︎」


 フェルトはとんでもない事を言ってきて、勿論そういう身体的機能も持っているとも続けた。

 そんな風にフェルトに揶揄われていると部屋のドアがノックされた。


「あら、開いてるわよ。どうぞ」

「失礼するよ・・・」

「え?ルチル、それにローズ?」

「司・・・、何で⁈」

「あっ、いやこれは・・・」

「・・・」


 突如として研究室に現れたルチル(ローズの親友)とローズ(俺の婚約者)。

 研究室でルーナ(フェルト製の人形)の肩に腕を回し、その髪を優しく撫でる俺(ローズの婚約者)。

 それを面白そうに眺めるフェルト(ザックシール研究室の室長)。


「ローズっ‼︎」

「は、はいっ‼︎」

「これは違うんだっ‼︎」

「う、うん・・・」

「断じて違うから、勘違いをするなよ‼︎」

「そ、そうよね・・・」

「解ってくれるよな‼︎」

「え、ええ・・・」


 俺は取り敢えず勢いで乗り切る事にし、ローズもそれに押し切られる形となっていた。

 ルチルはかなり冷めた目でこちらを見ていたが関係無い。

 これは俺達婚約者の問題なのだ。

 だが、その問題に口を挟む存在がいた。


「ふふ、何が違うのかしら?」

「なっ、お前・・・」

「ザックシール‼︎」

「ふふ、家名で呼び捨てなんて失礼じゃない、リアタフテの娘?」

「あんたねぇ・・・」


 フェルトは失礼と言いつつも、同じ事を自らも行なっていた。


(何だこの二人仲が悪いのか?)


「お、おい、ローズ?」

「何、司・・・?」

「何か用事があったのか?」

「そ、それは・・・」

「ん?」

「・・・」


 用件を聞こうとした俺に口を噤んでしまったローズに、仕方無さそうにルチルが応えてきた。


「はあ、司が遅いから様子を見にきたんだよ。また昨日みたいな事になったら大変でしょ?」

「あ、ああ、そういう事か、すまないな」

「い、良いのよ、当然の事なんだから」

「ありがとう、ローズ」

「うん・・・」


 どうやら昨日昼からの授業に不参加だった俺を心配して来てくれた様だ。

 その会話を見ていたフェルトが薄く笑った。


「な、何が可笑しいのよ‼︎」

「ふふ、別に・・・」

「っ‼︎」

「でも、そんなに婚約者に甘いなら、ルーナを家に住ませるくらい許してあげたら良いのに、リアタフテの娘?」

「それとこれとは別問題だわ、ザックシール‼︎」

「ふふ、そうかしら?」

「そうよっ」

「そう?私にはただ貴女が、司がルーナに夢中になるのを怖がっているだけに見えるのだけど?」

「お、おいっ」


(こいつ、態とらしく俺を名前で・・・)


 その言葉はローズの機嫌を逆撫でするには充分だった様で、ローズは怒りでその顔を耳まで真っ赤にしていた。


「そんな事あり得ないわよ‼︎」

「ふふ、どうかしら?」

「私がその娘を屋敷に住ませたく無いのは、貴女が作ったからよ、ザックシール‼︎」

「あら、随分非道い事を言うのね、リアタフテの娘?」

「当然でしょ、貴女はあのザックシールなのよ⁈」

「ふふ、あの・・・、ね」

「っ‼︎」


 一瞬、今まで揶揄う様な笑みを浮かべていたフェルトの顔に、冷めたものが宿った気がしたが、当の本人が話を変えてきた。


「じゃあ、こうしない、リアタフテの娘?」

「何よ?」

「今度の学生トーナメントに、この人とルーナも出場するのよ」

「え?」

「あ、ああ、そうなんだ」

「・・・そう」


(そういえば昨日その事は言ってなかったな)


 ローズは少し驚きの表情を浮かべた後、寂しそうにした。


「ふふ、それで提案なのだけど、そのトーナメントでこの人達が優勝したら、ルーナとの同居を許して貰えないかしら?」

「もし、優勝出来なかったら?」

「ルーナは私の寮の部屋に住ませるわ」

「・・・」

「貴女もチームを組んで出場し、この人達を倒せば良いの、どうリアタフテの娘?」

「っ、良いわ、受けて立つわ‼︎」

「ふふ、決まりね・・・」

「ええっ‼︎」


 こうして俺の発言の無い所で話が纏まってしまった。

 なおローズはトーナメント迄の期間は、ルーナを屋敷に住ませる事に渋々了承してくれた。

 ただ、屋敷に帰宅後、魔力供給の方法を説明すると、般若の表情を浮かべ学院寮へと向かおうとし止めるのが大変だった。

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