第52話
今日迎えに来ていたのはアンで、アナスタシアは屋敷の仕事中だそうだ。
結局馬車の中でローズは口を開く事は無く、俺とルーナもそれに倣った。
流石にアンもこの空気の中で余計な事をする事は無く、姿勢を正して座席に座っていた。
俺はルーナの事をどう説明するか考えていたが、全く妙案は浮かばないまま、馬車は屋敷へと到着してしまった。
もう着いてしまったのかと、漏れてしまいそうな溜息を飲み込み、沈黙が支配していた空間から抜け出して、ニコニコで馬車を止めに行くアンの背に恨めしそうな視線を忘れずに俺達はリールの居る執務室へと向かった。
沈む気持ちに引かれる様に、重い足取りでドアの前に着きノックをし、部屋へと入った。
「あらぁ、おかえりなさい〜、・・・あらぁ?」
「ただいま戻りました、リール様」
「えぇ、司君、その可愛いらしいお嬢さんはぁ、二人のお友達ぃ?」
「・・・」
「いえ、この娘はルーナと言って・・・」
「ルーナちゃん?」
まずいなぁ、続ける言葉が出てこない。
だが、どう説明したら良いものかぁ・・・。
俺が説明に窮していると、一歩後ろに控えていたルーナが前に進み出た。
「はじめまして領主様、私はルーナと申します」
「えぇ、そんな堅苦しい呼び方でなくてぇ、良いのよぉ?」
「ではリール様、それにローズ様」
「・・・っ‼︎」
「ローズちゃん?」
「・・・何かしら?」
応えたく無かったのだろう。
ルーナの呼び掛けに視線を横に向けたローズは、リールから促され見るからに仕方無さそうに返事をした。
「はい、最初に説明しなければならないのですが、私は人間ではありません」
「あらぁ、でもぉ、亜人的な特徴は無い様だけどぉ?」
「はい、人間では無いとは人族では無いと言う意味では無いのです」
ルーナは勿論魔族でもありませんと続けた。
その抑揚の無い喋りにローズは、少し苛ついた視線をルーナへ向けた。
「じゃあ、何だって言うのよっ‼︎」
「ローズちゃん」
「・・・」
「ごめんなさいねぇ、ルーナちゃん」
「いえ、私は気にしていませんので・・・。ルーナの事が何かと問われれば、人形とお答えするのが一番正しのだと思います」
「人形さん?」
自身を人形と言ったルーナ。
確かにロボットが無いであろう世界で、尚且つ生命体でも無いのなら、そう答えるのが一番しっくりときた。
「人形って?」
俺に対し困惑の視線で問うてきたローズ。
俺は取り敢えず今日の昼休みの出来事を学院長に会って、その後フェルトと出会った事など順に説明した。
「ザックシールって、あの・・・」
「ん?知ってるのかローズ?」
「司・・・。そうね、司は知らないでしょうね」
「そんなに有名人なのか?」
「・・・」
「?」
ローズはフェルトの事を知っている様だったが、口を噤んでしまった。
「ルーナちゃんを作ったフェルトちゃんはぁ、ザックシール家のお嬢さんなのねぇ」
「ザックシール家ですか?」
「アッテンテーター帝国の貴族なのよぉ」
「アッテンテーター帝国って?」
(あいつこの国の人間では無かったんだな。それに貴族って・・・)
俺はリールから告げられた事実にかなり驚いた。
リールの説明だとアッテンテーター帝国とは、サンクテュエールの南に位置する国だそうだ。
そう言えば地理の授業で聞いた事があった気がする。
このリアタフテ領はサンクテュエールの中で北の国境寄りに位置するので、距離的にはかなり離れている国だったはずだ。
「そういえばぁ、フェルトちゃんはどうしてルーナちゃんを作ったのぉ?」
「ああ、言って無かったですね、人工魔流脈の開発の為だそうですよ」
「人工魔流脈って?」
「あ、ああ、あいつは生まれつき魔流脈が弱くてその為に移植出来る魔流脈を作りたいらしい」
「魔流脈の移植・・・」
今まであまりこの話に関わらない様にしていたローズが、何故か人工魔流脈の話にだけは食い付いてきた。
(でも、ローズはそんなに弱いイメージが無いんだけど?)
「司は、ザックシールの研究を手伝うつもりなの?」
「まあ、成り行きとは言え研究室に所属したからなぁ」
「そう・・・」
「駄目なのか?」
ローズが嫌なら、俺はそう続け様としたが答えは意外なものだった。
「ううん、司に任せるわ」
「だけど・・・」
「大丈夫だから‼︎」
「っ‼︎」
「ローズちゃん・・・」
突然大きく声を張り上げたローズに、俺は驚き、リールは宥める様にその名を呟いた。
「私男の人の仕事に口出ししたりしないから・・・」
「・・・」
「でもね、司?」
「何だ?」
「私、その娘がこの家に住むのは反対だよ?」
「・・・」
「明日、ザックシールと話合ってみて?」
「わかった・・・」
「ありがとう、司」
そう言ってローズは部屋から出て行ってしまった。
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