第26話


 俺達は迎えの時間を確認し、馬車に戻るアナスタシアを見送った。

 アナスタシアが馬車に乗り込むと、何かが落ちた様なバタンという音がし「うにゃっ‼︎」という、眠っていたはずのアンの呻き声が聞こえてきて馬車はそのまま出発した。


(アン・・・)


 それを確認し俺達は教室へ向かった。

 俺達が入室すると少しどよめきが起こったが、ローズが鋭く一暼すると静まり皆素知らぬ振りをした。

 そんな中、一人のスラリとした長身の金髪イケメンがこちらに寄ってきた。


「やあローズ、ルチル、それに・・・」

「ん、ああ、はじめまして、俺は真田司だ」

「ああ、はじめまして、僕は『アルメ=シュヴァリエ』だ。よろしくね」


 アルメと名乗ったイケメンはサラリと手を出し握手を求めてきた。


(イケメンって、よく恥ずかしがらずにこんな事出来るよなぁ・・・)


 俺はそれに応えながらも、そんなちょっとだけ失礼な事を考えた。


「司は凄い魔導師らしいね」

「い、いやぁ」

「ふふ、謙遜する事ないさ、出来れば僕に魔法の手解きをして欲しいな」

「手解きなんて・・・、アルメは魔法は?」

「あまり得意じゃないね、僕はこっちの方が」


 そう言ってアルメは腰にさした剣を軽く叩いた。

 なるほどアルメは剣士な訳かぁ。

 俺達がそんな話をしていると、再び教室にどよめきが起こった。

 そちらを見てみるとそこには確か昨日の・・・。


「ああーーー‼︎」

「よっ、昨日はどうも、え〜と、オークだっけ?」

「俺様の名は、アンベシルだ‼︎」

「ああ、そうだアンベシルだ」

「ふんっ‼︎」

「そういえば、お前昨日あの後どうしたんだ?」

「うっ・・・」


 俺はそういえば試験後バタバタしていてどうしていたのか確認してなかったので、問いかけるとアンベシルは言葉に詰まった。

 俺はきっと気絶してしまってカッコがつかないのだろうとフォローしておく事にした。


「まあ、気絶しても仕方ないと思うぞ。そもそも立ってられた奴の方が少ないのだし」

「・・・」

「取り敢えず俺の試験は合格だったから、不満は無いよな?」

「ちっ‼︎」

「まあ、一応よろしくな」


 お互いに良い印象は無いだろうしそう言って俺は話を打ち切ろうとしたが、離れた場所にいた他の生徒達からのひそひそ声が聞こえてきた。


「ねぇ、あれ」

「ええ、そうよねぇ・・・」

「アンベシルって昨日?」

「うん、ローズ様の婚約者様の魔法に驚いて気絶して・・・」

「お漏らししたって」

「「「失禁のアンベシル」」」

「日頃威張ってるくせに」

「そうそう」

「いいざまよねぇ〜」


 二つ名、失禁のアンベシルかぁ・・・。

 俺は生暖かい目でアンベシルを見て出来うる限りの優しい声で告げた。


「人生色々あるさ、頑張れよ」

「チクショーーー‼︎」


 アンベシルは叫びながら教室から出て行き、その日戻ってくる事は無かった。

 その日は午後まで座学の授業で、内容はサンクテュエールの地理でそれに絡め戦闘時の地形の戦力化や注意点などを学んだ。

 授業終了後デリジャンが教室にやって来た。


「おう、調子はどうじゃ?」

「いえ、調子と言われましても、まあなんとかやってますとしか」

「まあ徐々に慣れていけば良い、それよりお主に用があったんじゃ」

「なんですか?」

「うむ、お主は中途入学で、なおかつこの世界の常識にも疎いじゃろ?」

「それは、そうですね」

「それで、ここは教育の場じゃし、今は丁度短縮授業じゃから、昼からお主に補習を行う事にしたからの」

「はぁ・・・」


 からのって事は決定事項なのか、人の都合を・・・。

 俺はそんな風に思ったが考え様によっては、新たな発見もあるかもしれないと思い受け入れる事にした。

 なおルチルは学院併設の寮に帰り、アルメは馬術訓練だそうだ。

 俺はローズから見送りをリクエストされ、学院の廊下を歩いていた。


(夕方には会えるのに見送りも無いと思うんだがな・・・)


「静かねぇ・・・」

「ん?ああそうだな」


 クラスの連中もそうだったが、せっかくの半ドンに遊び予定を立て早々に下校したのだろう。


「ねぇ司、今幸せ?」

「なんだ急に?」

「答えて」


 急に変な事を聞き食い下がるローズに俺は答えに困った。


「まあ、それなりに楽しんでるかな?」

「そう・・・」


 ここに来てなければ、今頃実家でゲームや漫画に没頭し、それはそれで楽しめただろうが、今は言葉には表せない充実感があった。


(まだ、たった四日なのになぁ・・・)


「私は幸せよ」

「えっ?」

「このたった四日が、今まで生きてきた十四年間で一番充実しているわ」

「あ、あぁ」

「ふふ、司、眼を閉じて」

「どうした?」

「良いから」


 ローズにせがまれ、俺は仕方なく眼を閉じた。


「ありがとう」

「どうしたんだ?おま・・・、んっ」

「う、・・・ん」


 様子のおかしなローズに問いかけようとした俺の唇は急な感触に止まってしまった。

 それは存在を感じさせない柔らかさで・・・。


「・・・ふぅ」

「・・・」


 しかし甘い香りが確かな主張をし・・・。


「ロ、ーズ」

「沢山初めてをありがとう」


 ローズの瞳と同じ悲しみに満ちたキスだった・・・。


「・・・、補習頑張りなさいよ」

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