第23話


 結局昨日はクタクタで、風呂に入り夕食を済ませた後、リールにある事を頼み眠ってしまった。

 そして今目が覚めたのだが、俺は自分の身体の変化を感じていた。

 えらく身体が軽く、頭がスッキリしているのだ。

 若返ったにしても、こんな事あるのかと少し怖くなったが、これから行う事を考えると都合の良い事なので良しとしよう。


「さてと、まずは・・・」


 俺は洗面道具置き場に行き、その場で手早く済ませてしまった。

 そして、そのまま屋敷を出て演習場へと向かった。


(龍神結界・遠呂智が使えないとなると、俺は試験前と同じ状況に戻るからな・・・)


 使える様になった魔法をものにしたいという気持ちもあったが、学院での俺の評価は結局会社にいた頃と似た様なものだった。

 俺一人ならの問題なら、どんな風に思われても構わないのだが、問題はローズだ。

 あの誇り高き少女のプライドを傷つける訳にはいかなかった。

 そんな事を考えながらも、演習場近くに来ると何が風を切り裂く様な音が聞こえ、それに伴って木製の何かがぶつかり合う高い音が響いてきた。


(ん?誰かいるのか?)


 演習場の囲いの周りは高い木々が生い茂っているため、中は確認出来なかった。

 俺が疑問に思うと演習場から声が掛かった。


「・・・誰ですか?」

「アナスタシアか?」

「?司、様?」


 俺が演習場の中に入ると、自分の身長ほどは有る木刀を携えるアナスタシアがいた。


(メイド服に武器っていうのはポイント高いな、大剣って言うのも、う〜ん)


 俺が心の中で唸っていると、アナスタシアは怪訝そうな顔で問いかけてきた。


「司様?どうしてここに?」

「あ、ああ、魔術訓練にな」

「ああ、なるほど」

「アナスタシアこそどうしたんだ?」

「私ですか?私は毎朝の修練は欠かしませんよ」

「なるほどな」


 さも当然の様に言うアナスタシア。

 俺は初めて会った時から感じる、隙のない武人の様な佇まいの理由を見た様な気がした。


「ですが、司様は魔法、龍神結界・遠呂智?でしたか、禁止されてるのでは無いのですか?」

「ああ、だからこれだよ」

「それは・・・、確か司様の荷物の中にあった」

「ああ、大魔道辞典だ」

「大魔道辞典ですか?」

「そうだ、この中には龍神結界・遠呂智以外の魔法も記されているんだ」

「・・・、見せて頂けますか?」


 かなり恥ずかしい物だが、少し実験の意味もあり俺はアナスタシアに手渡してみた。

 アナスタシアは首を傾げながら、ページをめくっていたが、あるページを開いて俺に返してきた。


「これは、日本の言葉ですか?」

「ああ、そうだ、読めたか?」

「いいえ、全く解りませんでした」

「そうか・・・」


 やっぱりそうか。

 俺にはこちらの言葉で、会話も読み書きも出来るが、こちらの人間には日本語は理解出来ないらしい。


(まあ、アナスタシアの解らないが俺の記した厨二内容に対してじゃない事を願うが・・・)


「司様?」

「ん、どうかしたか?」

「いえ、司様こそ、急に悲しそうな顔をしてどうしたんですか?」

「いや、何でも無いよ。・・・グスッ」

「?」


 アナスタシアの俺を心配してくれる優しさに、少し泣きそうになってしまった。

 でも、そんな事をしていても時間が勿体無いし、そろそろ訓練を始めよう、・・・だって男の子だもん。

 俺は一応アナスタシアに、演習場を使用する確認をするとアナスタシアは了承し防魔套を羽織った。

 俺は何から始めるかと大魔道辞典に視線を落とすと、丁度アナスタシアが開いていたページが目に入った。


(う〜ん、これは、ありかな?)


 そう思った俺は、取り敢えず魔眼を開く事にした。


「我が声に応えよ、混沌を創造せし金色の魔眼っ‼︎」


 すると俺は右眼の奥が熱くなり、自らの声に魔眼が反応したのを理解した。

 ただ・・・。


「むっ‼︎」


 アナスタシアが木刀を持つ手に力を込めたのに気付き、俺は後ずさりしてしまった。


「お、おいっ、アナスタシアっ‼︎」

「何ですか?」

「何ですか?じゃないよ、何で木刀構えようとしてるんだっ⁈」

「あ、ああ、これは・・・、素振りの準備です」

「・・・」

「さて、私も再開しますかね」

「・・・」


 そう言って、アナスタシアはわざとらしく素振りを始めた。

 ただそれは素人目にも気持ちが入っておらず、横目で俺の方をチラチラ見ているのが丸わかりだった。


(まあ、突然片目輝き出せば、相手が正気か疑うか?)


「さてと、じゃあ、いってみるか」


 俺は自身の右手を地面の方に向けた。


『暗闇を駆る狩人』テネブライ・ルプスっ‼︎」


 俺が詠唱を行うと、足下に魔法陣が現れ、そこから一匹の闇の狼が生み出された。


「っ」

「よし、いい感じだな。行くぞ、駆れっ‼︎」


 俺が吼えるとその狼はミスリル製の棒に向かい駆けた。

 俺は今度は心の中で、跳べと念じると狼はミスリルの棒を飛び越え背後に回った。


(よし、いけるな‼︎)


「えっ‼︎」


 アナスタシアは何か驚いている様だが、俺は取り敢えずフィニッシュを決める事にした。


「狩れぇーーー‼︎」


 俺の叫びに応える様に狼はその牙を棒に立て、喰いちぎってしまった。

 そうして俺の足下の魔法陣に戻ると、俺の身体に溶け込む様に消えていった。


(う〜ん、これの真髄はこの状況じゃ確かめようがないんだよなぁ・・・)


 俺がそんな事を考えていると、アナスタシアからひどく驚いた声が掛かった。


「つ、司様、今何をされたのですか?」

「え、何って魔法だよ?」

「魔法、あれが?」

「ああ」

「・・・」


 アナスタシアはイマイチ納得してない様な風で、手にしていた木刀を下ろしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る