厨二おっさん召喚される
月夜調
第1話
ある春の週末の深夜1時過ぎ、ろくに舗装もされてない道、俺は愛車を進めていた。
俺の名前は『
、歳は39で独身、今日をもって無職になった。
就職氷河期に高卒でなんとか受かった工場にて総務の仕事をしていたが、業績不振からの早期退職募集というお決まりのパターン。
仕事以外の時間は趣味のゲームやアニメ、ライトノベルに費やし、資格獲得の努力を怠った付けが回ってきて部署内で追い出しの空気を理解し退職となった。
雀の涙ほどの退職金と失業保険では生活が厳しくなるので、アパートを引き払って実家に帰ることにした。
恵まれた事に俺は一人っ子で、たまに結婚して孫の顔をと求められる事もあるが親子関係は悪くはなかった。
実家は持ち家で既にローンも払い終わり、両親は貯金と年金で趣味の旅行三昧と実家に戻ってもほぼ一人暮らしを満喫できるという好条件だ。
そんな訳で俺は助手席に絶対親には見られたくない極秘の荷物載せて、実家への道を進んでいた。
見られたくないとは言っても別に大人なアイテムではない。
それ系の物は既に20年以上前に昼間主の居ない部屋の掃除をした母親が、ベッドの上に綺麗に陳列し、学校から帰宅した俺を地獄の底に突き落してくれていた。
しかも幼馴染物、妹物、ハード系など数十本の多岐に渡るジャンルのエロゲの中から、《ママミルク 》と言う名の義母物のゲームをセンターにし、そのパッケージのキャラとほぼ同じ服装で俺を玄関先で待っているという手の混みようだった。
既に性癖でこれ以上の恥辱を感じることの無い俺は家具家電と共に、それ系の物は実家に送っていた。
では今、助手席に鎮座している段ボールの中のブツは何かと言うと・・・。
「ん、信号か・・・」
信号が黄色を示すのを確認した俺は車のスピードを緩めブレーキを踏んだ。
「ここ長いからなぁ・・・」
などとぼやきながら段ボールに目を向け中を覗いた。
中身は漆黒のレザーのロングコートや装飾の施された剣のネックレスやグレネードランチャーも使える某アサルトライフルのエアガン、14歳の時から今日まで日々思いついた魔術や必殺技を書き続けている手作りの革の洋書風の外観の『
など他にも数々の厨二アイテムと何より命の次に大事な宝物が入っている。
信号待ち、久しぶりに我慢できなくなった俺はコートに袖を通した。
体型は当時からほとんど変わっておらず身長は165と平均値から全く成長せず、今ではかなりの低身長となってしまったが、体重は55と歳の割には頑張っているため問題無く着る事が出来た。
「これも久しぶりに買ったからな」
そう呟きながら俺は某通販サイトのロゴの入った掌サイズの箱を手に取り開いた。
中身はゴールドのカラコンだ。
それを右眼のみに装着した。
この眼は俺が魔力を高めた時に発動する
バックミラーを覗き、一人の車内で頷きながら俺は青を示す信号の先の白い灯を捉えた。
その灯は真っ直ぐこちらに向かって来ていた。
一瞬自身が逆車線に進入してしまったかと思い左に眼を向けたが、其処には白いポールと歩道があった。
居眠りか飲酒か?などと考える間も無く俺はハンドルを目一杯右に切りアクセルを踏み込んだ。
だが目の前にはまだ白い灯があった。
まさか相手も気がついたのかと思ったがどうやら事情は違ったようだ。
目の前にあると灯は片側の車道どころか道路全体に広がっていて、しかも俺の車内までも包み込んでいた。
これって走馬灯なのか?俺ってこんなところで死んでしまうのか?などと考えていると、一瞬全身の毛穴から毛や、歯茎から歯が、手足からは爪が全て抜けてしまいそうな感覚に襲われた。
歯や爪はともかく、髪の毛は最近頭頂部が寂しくなり始めてるので勘弁して欲しいと思ったが、死んでしまうなら関係ないか・・・。
あれ?と思った。
『初めての経験だけど走馬灯にしても長くないか?』
そんな風に思っていると徐々に白い灯が俺の身体に集まってきて、視線の先には暗闇が広がっていた。
そのまま身体の中に灯が集まりきって一瞬の暗闇の後、周りに松明?だろうか弱い灯が点り始めた。
俺は尻に感じる冷たさにこの歳で漏らしてしまったか?と、焦りながらズボンを確認したが全く濡れていなかった。
そして異変に気付いた。
俺は何時の間にか地面に腰を落としていて、俺の下には魔法陣の様な模様が描かれていた。
「なんだ、此処は?」
明らかに車内ではなくなった空間に俺が動揺し呟いてると、俺の方に足音が近づいてきた。
足音が俺の目の前で止まり、俺の視線の先にはまず女性物の高級そうな靴が目に入った。
「こいつが、私の婚約者?」
そんな高飛車な声を頭上から受け視線をその先に向けると、玉の様に綺麗な足に健康的な太もも、その美脚を際立たせるタイトなショートパンツ、一気に細く括れた折れそうな腰、その先には大き過ぎずしかし確かな主張を持った膨らみが二つ、それらを相応しい高級そうなシルクのシャツが包んでいた。
覗く角度から膨らみによって隠されていて顔は確認出来ないが、先程の声の主はこの娘なのだろう。
あれ?そういえば何か気になる事を言ってた様な・・・。
徐々に冷静さを取り戻し始めた俺が状況把握に努めようとしていると、目の前に突然顔が降りてきた。
「ねえ、ちょっと大丈夫?」
今度の声は先程の高飛車な感じでは無く、病人にでも話しかける様な憂慮し優しい口調だった。
「ああ、大丈夫だ・・・」
反射的にそう返事をしたが俺はそのまま石の様に固まってしまった。
理由はというと、その声の主だ。
別にその娘はギリシア神話のメデューサだった訳では無い。
何と形容すべきかやっと冷静さになり始めた俺を、また動揺の海に沈める程の有り得ない容姿だった。
顔は先程見た身体に8個は連なりそうな程小さく、その肌は薄暗い空間に白い花弁が浮かんでいる様だ。
唇は朝露を纏った果実のように瑞々しく肉感的で、瞳は気の強そうに吊り上がりルビーを埋め込んだ様に輝いていた。
そして何より俺が驚いたのはその髪だ。
長さは肩より少し下、サラサラと揺れるそれからは甘い香りが先程から漂っている。
そしてその色は桃色だった。
しかもそれは明らかに染めている様な不自然さやケバケバしさは無く、生まれついての色だと無意識のうちに理解出来た。
(まさにこういう娘の事を2次元から飛び出してきたって言うんだろうな)
少し不躾な視線を送り過ぎただろうか、目の前の少女は少し怪訝そうに一瞥し、その唇を動かした。
「ちょっと本当に大丈夫なの?折角こんな大掛かりな召喚の儀式をしたのに婚約者に死なれるなんて、私嫌よ」
「それだ!!」
「えっ?」
少女の発言に得心のいった俺はついつい大きな声を上げてしまい、その声の大きさに少女は目をパチクリさせた。
だが今はそれどころではなく、先程発せられた『召喚の儀式』というキーワードに俺はかなり興奮した。
突然不思議な光に包まれたり、明らかについ先程までと別の場所に居たり、これは明らかに異世界転移ものの小説などで見るそれとよく似た状況だった。
仕事も無くなり少しの間はゆっくり引き篭もりでもしようかと思っていたが、異世界召喚となれば話は別だ。
これは間違いなくチート能力を貰って、異世界スローライフを楽しめる展開だろうかと、そんな事に想いを巡らせている・・・ん?
「婚約者?」
きっと間の抜けた顔をしていた事だろう。
耳から入って思考の死角に入り込んでいた言葉が、急に飛び出してきて一気に頭の中を占めた。
「そう、アンタはこの私『ローズ=リアタフテ』の婚約者よ」
ローズ、そう名乗った少女。
これが、俺こと真田司と、ローズ=リアタフテとの初めての出会いだった。
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