空蝉に空葬いを
琴月
空蝉
砂をすくいあげた。指の間をさらさら零れ落ちる。金魚をすくうこともできないのだから当然だ。
小振りの木の棒を手に取り、夢をかく。“もしも”の話。けれど、確かに存在していたはずの未来。
潮の香りが届かなくなったあなたへ
居場所はみつかりましたか。
伝えられない言葉の隣に、打ち上げられたペットボトルを添える。ボトルメールの真似事だ。あなたではなくとも、誰かに知ってもらいたい。 私はここにいる。ここにいて良いのだと、認めてもらいたいだけだ。
土用波が攫っていった。残ったのは割れた貝殻。それを耳にあてがう。もうあなたの香りはしない。漣が虚しく鳴き、戻れない日々を揺らした。
ある人は私のことを「幽霊」と呼び、ある人は「泡沫人」と呼んだ。どちらも夏がみせる幻影でしかない。
あなたは私をどう表現するのだろう。少しだけ気になる。でも、答えは知らない方がいい。きっと何を言われても、傷ついてしまうから。
朝焼けの彼方に潜む藍を。
水彩の甘い絶望の上に滲む哀を。
数滴の猜疑心で霞む愛を。
あなたが好きなラムネの瓶に詰める。下駄を履いたみたいに、からころと揺れるエー玉。私の荒んだ「あい」を綺麗な球体で閉じ込めてしまいたい。ガラス越しの視界、あなたの「あい」で埋めつくした。
どうしようもなく満たされていたから、「しあわせ」が声にならない。
型抜かれたこの穴を海水で埋めようとして。錆び付いた心は軋み、いつしか動かなくなった。
苦しいよ、辛いよ。なんて声にしてしまえば、波紋を呼んでしまう。だから、私は声を捨てた。手に入れたのは、停滞だった。
今になって後悔している。二人だけの世界に固執して、このまま消えてしまいたいと願ったことを。
永遠になった。そこに私とあなたはいなかった。一人になったのだ。私も、あなたも。
私の選択では、辿り着けなかった。
右足のサンダルは行方不明。左足のサンダルはテトラポッドを登る時に落としてしまった。
裸足でぎらぎら光る砂浜を歩いても、きらきら光る硝子を踏んでも、痛みは感じない。調子に乗って踊るように走る。涼風とセーラーワンピースがくるり一回転。簪でまとめた髪がはらり飛ぶ。不健康な色の四肢を大きく動かしふわり宙を舞う。
かざれ、地上の華。
何も考えず感じるままに、踊れ。これは弔いだ。私から君への餞なのだ。
つかれた体を横たえて、夕焼けを仰ぐ。点在する雲は真っ白なわたあめに、落ちていく夕陽は真っ赤なりんごあめに似ている。
あか、しろ、あか、しろ
偉大な空と標となる灯台。しましま模様に見下ろされる。私を通り抜ける二色は、苦手としているものだ。両方とも死を連想させる。
薄気味悪くなって目を閉じた。
もうすぐ夏が終わる。
特等席。
弔花をみながら、あなたを探す。爆音の後に響く悲しい泣き声は、鼓動と共鳴する。
またひとつ、想いが咲いた。
散った想いの欠片が私の心に突き刺さる。不完全で未完成で、汚れてしまった軌跡。夏を迎えるたび、あなたの思い出が増えていく。逢えないからこそ、逢わないからこそ、鮮明に。
ぱらり
一瞬で失ってしまう心地よさ。
どんっ
消えない虚無感。
降り注ぐ花弁が優しく頬を撫でる。泪の代わりに愛しさが溢れた。
閃光があなたを隠してしまうから、下を向く。歪んだ水に映る私と極彩色。夜の片隅の静寂が妙に目立つ。そこにきらりと瞬くあなたがいた。咄嗟に手を伸ばす。
暗転
水鞠がはじけて、水牢のお出迎え。
思い出を抱えて下へ、下へ、深く、沈む。あなたを連れて底に、沈む。絡みつく水の温度は透明だ。
水中、マリンスノー。
溺れる淡い光。泳ぐ灰色の煙。あなたが私を弔っているのだろうか。
簪が外れ髪の毛が海月のように広がる。ゆらゆら。解けていく、溶けていく。だんだん冥くなっていくのと同時に、すべてが消えていく。
さようなら、またいつか。
――行く夏を、越えて征け。
空蝉に空葬いを 琴月 @usaginoyume
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