淡彩・味一筆

木月亨

第1話トマトのお話

 トマトに砂糖かけてかぶりつくという人は、あまりいないだろうなあ。これは前の東京オリンピックよりほんの少し昔の


 トマトのお話。


 まだ何の規制もない排気ガスをまき散らして、乗用車やトラックが行き来する国道8号。北陸の真ん中、富山県の当時は射水郡小杉町。国道沿いにあるわが家に、ザルに入った「トマト」という野菜のような果物のようなものがやってきました。

 親父がステテコ姿だったので、夏のことです。家族全員がザルをのぞきこんでおりました。


 これはどうやって食べるのか??。


 そもそもどんな経緯でうちにトマトがやってきたのか、幼かった私は知りません。国鉄小杉駅前にあった「もりたの八百屋」で、母が勇気を出して買ったのかもしれない。あるいは貰い物か。


 砂糖を付けて食べてみよう。


 というのが親父の決定でした。親父自ら包丁を入れ、種でドロドロにして砂糖をふりました。


 美味しかったかどうか、覚えていません。ただ、口の中に広がった甘酸っぱい味は、一度も経験したことのないものでした。成長するほど、新しい世界と出会えるという原体験の一つです。未来にはたくさんの素晴らしいことが待っていると、根拠もなく信じていた。

 その後、例えばバナナとの出会いがあり、家に洗濯機やテレビ、扇風機などが次々とやってきました。心配しなくてもアトムや鉄人28号が毎月、社会の悪者をやっつけてくれていました。


 そういえば近所の友人の家に行くと、みんなスイカに味の素をふっていたのにびっくりしたっけ。


 いまは散々でも未来にはきっといいことがあると、どこかで思ってしまう心の土台はそうやって形作られたんですね。きっと。


 未来を考えるときの個々の指向性。20代、30代はどんな感性の土台や物語を持っているのか、酒でもなめながら聴いてみたいなあ。私にとってのトマト、彼らの場合はMacとかスマホなのかも。


 いえ、晩飯のサラダに色鮮やかなトマトが添えてあったので、ふと思いが半世紀も飛び跳ねて、行き来しただけです。サラダにふったのは塩でした。

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淡彩・味一筆 木月亨 @ap14jt

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