絵が好きな君と絵を描かない僕

海ノ10

一章  coffee

1 「じゃあ、行ってきます。」



「こんな感じの絵はどうかな?」

「うーん、ここもう少し明るくしたほうがいいんじゃないかな。」

「なるほど、さすが夜空よぞら君だね。その発想はなかった。」


 本当に彼の発想と技術には驚かされてばかりだった。絵を描いても物語を紡いでも歌を歌っても、すべてが素晴らしく美しい。僕にないものを彼はすべて持っていた。

 ただ、何かを創る、それだけで僕たちは繋がっていた。だから彼が大変な時に何かをしてあげれなかったし、どんな言葉もかけてあげられなかった。

 そうしたら、彼はいつの間にか遠くに行ってしまっていた。僕なんかでは到底辿り着けないような高みに彼は行ってしまった。今では街でもテレビでもネットでも、彼の音楽を、絵を、文章を見ない日はない。そのことが寂しくて、誇らしくて、今の自分が情けなくて、僕は何かを描けなくなってしまった。


 それだけの話。それだけの話だ。



◇ ◆ ◇



 いつの間にか天井を見上げていた僕は、少ししてから自分が目覚めたのだと気が付く。最近はぐっすり寝れたから久しぶりに夢を見た気がする。なんとなく手元のスマホを見ると、無意識のうちにアラームを止めていたようで、アラームを設定した時間から十分が経過していた。


ゆうご飯できたよ!」


 部屋の外から母の元気な声が聞こえてくる。あと百年は生きるんじゃないかってぐらい元気なのはどうにかしてほしい。僕から生気を吸ってるんじゃなかろうか。妹も元気だから遺伝だとは思うけど、もし遺伝なのだとしたらその遺伝子を僕も貰いたかったなぁと思う。いや、遺伝子に文句をつけるのはよくないか。


「はぁ。」


 もうひと眠りしたかったが、今日は高校の入学式。初日から遅刻するようでは教師に目をつけられてしまう。受験のときに風邪で本気が出せなかったせいで合格が危ういぐらいギリギリだったから、とりあえず一回目の試験までは真面目に過ごそう。結果も出してないのに不真面目なのはよくない。今日が初日ならなおさらだ。

 とりあえずベッドの誘惑から逃げるように部屋を出ると、そのまま廊下を通ってリビングへ向かう。父の都合でついこの間引っ越したばかりの部屋は綺麗なのだけど、しばらくしたら汚くなるんだろうと考えると何故か笑えてくる。こんなことを考えるってことは、入学式があるから密かにテンションが上がってるのかもしれない。

 中学の時とは県が違うところに来ちゃったから、たぶん僕が通う学校に知り合いはいない。少しでも良い印象を持たれないと、簡単に三年間ぼっちになりそうだから、今日ばかりはしっかりしないといけないな。


「ふぁあ。」

「あら、また欠伸して。昨日も夜更かししてたの?」

「まぁね。」


 昨日はずっと『星空ほしぞら深夜しんや』というアーティストが出したラノベの新作を読んでいた。というのも、一巻からすごい伏線があったことに気が付きすべてを読み返していたせいである。まだ四巻までしか出てないのに、よくもまぁ読者を感動させられるものだ。その才能には嫉妬しかない。


「いただきます。」


 いつも通りの朝食は、やはりいつも通りの味で何も変わらなかった。こうも毎日同じ味だと飽きる。ただ、作ってもらってるから文句は言いません。


「ああ、そういえば今日はスープの味付けを変えてみたんだけど、おいしい?」


 前言撤回。僕の舌が間抜けすぎて味付けの違いがわからないだけらしい。どうしてこうも味音痴なのか。だから料理を作っても『まずくはないけど特別うまくもない。普通』と評されてしまうのだ。普通の何が悪いのかと思うが、妹的には駄目らしい。自分は暗黒物質ダークマターを生み出すくせに、文句言うなと僕は言いたいのだが、彼女曰く「自分は食べる専門だから!」らしい。解せぬ。理不尽だ。


「ごちそうさまでした。」


 考え事をしているうちにいつの間にか朝食はなくなっており、腹も膨れていた。しっかり味わって食べればいいのだが、感覚が鈍っている朝に味わったところであまり意味がない気がするので、朝は別のことを考えながら食べる。

 食器を流しの中に入れてから、洗面台に行き歯を磨いて顔を洗う。生まれてこの方虫歯の一つもないが、油断が命取りになるので毎日しっかり洗うことにしている。リスクは極力減らすべきだ。病院に行くの嫌だし。

 歯磨きが終わると次にあるのは着替えだ。僕の通う学校は一応制服があるので着るものに悩まなくてよいので楽だ。ちなみに『一応』としたのは、髪染めが自由、アクセサリーの着用もスカートやズボンの丈も自由、シャツの柄もネクタイの着用も自由、という自由すぎる校則だから。もはや何故私服にしなかったのだろうと思うが、そこには制服を作る会社とかの大人の事情がありそうなので触れないでおこう。


「よし。」


 しっかりと制服は着れたと思う。そもそも、制服をしっかり着れない状況っていうのが想像つかないけど。あー、でも中学の頃にありえないくらい制服が似合わない人いたな。ただ、それはしっかり着れないんじゃなくて着ても似合わないだけか。

 とりあえず制服は着終わった。少し早いけど、早めに家を出るか。

 学校指定の鞄を持って、自分の部屋を出ると、寝起きで髪がぼさぼさになっている妹の琴音ことねと出くわす。中学生は今日まで休みらしい。羨ましいな。


「ああ、おはようお兄ちゃん。」

「おはよ。」

「ん?今日から学校あるの?」

「入学式だからね。」


 どうせ校長の長ったらしい話を聞くだけの式なんだろうけどね。面倒だからと言ってさぼるわけにもいかないのが嫌だ。『入学式なんて滅べ』までは言わないけど、『出席自由にしろ』とは思う。そうなったら僕はすぐさぼる。


「ああ、入学式ね。お母さん、『夕が入学式に来ないでほしいって言ってた~』ってショック受けてたよ。お父さんも密かにダメージくらってたし。」

「だってお父さんは仕事休むって言うし、お母さんはせっかくこっちで見つけたパートも休むって言うんだよ?どうせ長ったらしい話で終わるんだから、そこまでしてこなくていい。」

「でも、親としては行きたいんだけどね。」


 僕と琴音が話していると、いつも通りエプロンを装着している母が話に入ってくる。いつも思うけど、急に出てくるのやめてほしい。中学時代に知り合いと創作の話で盛り上がってるときにいつの間にか家に帰ってきてて、心臓が飛び出るかと思ったのは忘れてない。ちなみに、その知り合いは母が帰ってきたことに気が付いてたらしい。言ってくれればよかったのに。


「別に来ても何も面白くないでしょ。じゃあ、行ってきます。」


 このまま話しても特にメリットはないので、もう学校に行くことにする。靴を履いてると母が「忘れ物ない?」とかいろいろ聞いてきたけど、全部「大丈夫」と返しておく。入学式の日はほとんど荷物がないんだから、忘れることないし。というか、一応これでも真面目な生徒だから前日の夜に準備してるし、早々に届いた教科書に名前を書いて中を読んでおいた。教科書のとこは昨日したわけじゃないから関係ないか。


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