COLOR

山吹K

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「かっちゃんは赤。幸君は青。しょーじは黄色」


まだ僕達が幼いころ、僕がそう言った。


「なにそれ」

「3人のイメージカラーってこんな感じだよね」

「俺、赤だって。ヒーローの色だぞ」

「青と黄色もヒーローでいるでしょ」

「赤は特別だろ」

「もう2人して喧嘩しないでよ」


しょーじがかっちゃんと幸君をなだめながら言った。

僕達4人は、幼なじみだ。

リーダー的存在のかっちゃんこと、前嶋一晃。頭が良くて、クールな幸君こと広瀬幸。ムードメーカーのしょーじこと原川章二。そして僕、桐山透。

同じアパートに住んでいて、どこに行くときも一緒だった。そんな僕達も今は高校3年生になった。



仲良し4人組は、いつしか5人組になっていた。新たに加わったのは、唯こと生田唯也。

彼は、緩い性格でマイペース。だけど、天才肌でなんでもできる。そんな唯のことをみんなすぐに受け入れた。


「なあ、すー」


『すー』というのは、僕のあだ名だ。

透から『透ける』、透けるから『す』だけとって、すー。

変なあだ名だけど僕はこれを割と気に入っていた。


「なに、かっちゃん」

「昔さ、俺達を色に例えたの覚えてるか」

「もちろん覚えてるよ」

「俺が赤、幸が青、しょーじが黄色。じゃ、唯は何色?」

「唯は……何色かな」

「それ気になるかも。すー、俺は何色?」

「白……かな」

「白?」

「うん、ほら唯は誰とでも仲良くなれるから何色にも染められるから」

「すごいこと思いつくね、すー」

「ははっ、ありがとう」


珍しく幸君は、僕を褒めた。いつも褒めない幸君が言ったからなんとなくむず痒い。


「なあ、そろそろ帰ろうぜ。結構遅くなってきたし」

「そうだな、帰るか」

「じゃ、また明日」


唯と僕達は別れた。4人でいつもの道を歩く。


「明日の授業ダルそうだよな」

「そんなこと言ってるから赤点ギリギリなんだよ。あ、それともイメージカラーの赤ってその赤なんじゃ……」


しょーじは、冗談交じりに笑った。


「ちげぇし」

「確かにかっちゃんは勉強しないといけないのは事実だな」

「そんなに言うなら幸が教えてくれよ」

「かっちゃん、途中で寝るじゃん」

「くっそー、俺に勉強教えてくれるやつはいないのか。あ、唯なら教えてくれるかも」

「俺、前に唯に教えてもらおうと思ったんだけどわからなかったよ」

「わからないって……」


かっちゃんは、首を傾げながら言った。しょーじだけでなく、僕も一緒に教えてもらった時があったけど確かにしょーじの言う通りだった。


「わからないところをできて当然に思われてとばされちゃうから」

「天才すぎてダメなやつか……」

「せめて俺の仲間がいてくれればなー……」

「いないよ、そこまで悪い人。唯と幸は言うまでもないし、すーと俺だって半分より上だし」

「お前ら全員敵だな」

「クラスメイトほとんどみんな敵になっちゃうね」


そう言って僕達は笑った。

みんなといると笑いが絶えることはなかった。それだけ馴染んでいたんだ、みんなといることが。これからも唯を含めた5人でずっとずっと笑っている日々になるのかな。その時はそう思っていたんだ。

その次の日の朝一に来た電話は、しょーじが死んだという知らせだった。



突然のことで学校は休校。

僕達は夜、いつもの公園に集まっていた。


「なあ、嘘だよな」


最初に口を開いたのは、かっちゃんだった。


「嘘じゃない」

「ふざけんなよ、なんでしょーじが」


いつも笑っているかっちゃんが地面を睨みつけた。幸君も唯も黙って地面を見つめていた。


「昨日、何か変わった様子はなかったよね」

「なかった、いつものしょーじだった」

「死んだ理由、聞いた人いるかな」

「殺されたって」

「え……」


僕がそう言うと、3人は目を見開いた。


「僕が家を出て、倉庫の前を通った時に野次馬の人達が言ってたんだ。『あんなに若いのに殺されたなんて』って」

「なんでしょーじが殺されなきゃいけないんだよ。おかしいだろ」

「僕も詳しくは知らないけど、でも……」


ただこれだけは言える。しょーじは、もうここに来ることは無い。もう二度と会えないのだ。


「これからどうする」

「どうするって、どうしようもないだろ」


唯の問いかけに幸君は怒った口調で言った。

多分、自分が何も出来ないことに苛立ちを感じているのだろう。


「犯人、探そうか」

「な、何言ってんだよ。そんなことできるわけないだろ」

「できないなんて誰が決めたの。警察が知らなくて俺達だけが知ってることだって絶対あるはずだよ」

「そうかもしれないけど」

「幸君、かっちゃんやってみようよ」


僕がそう言うと、かっちゃんは決意を込めた目で言った。


「……わかった、俺もやる」

「かっちゃん、本気で言ってるの?」

「しょーじ殺されてそのままになんてできねぇよ、俺は」

「……じゃ、俺もやる」

「かっちゃん、幸君……」

「早速、明日から話し合いをしよう」


唯がそう言って、僕達は解散することにした。でも、幸君はそのままブランコに座っていた。そんな幸君を見た僕は隣のブランコに座った。


「幸君は帰らないの」

「俺ら、しょーじと同じアパートに住んでたからさ。アパート見たら改めて認識するだろ、しょーじが死んだって」


幸君が言いたいことはなんとなくわかった。

認識してしまったら、苦しいということ。幸君は、それをわかって帰らなかったんだろう。


「すーは、どう思う」

「しょーじのこと?」

「そう」


僕はブランコから降りて、幸君の座っているブランコの後ろに落ちていた木の枝を手に取った。地面に意味もなく、ガリガリと書きながら言った。


「全然わからないけど、何か理由があったのかもしれないね」

「どこで死んだとか聞いたか」

「倉庫でしょ、ここから近くにある」

「そうらしいな。夜中に出てったらしいし、誰かに呼び出されたんだろうな」

「それなら、しょーじの知り合いってことだよね」

「あぁ」


しょーじの知り合いなら自分達の知り合いである可能性は十分ある。幸君はそのことを考えたのか小さく舌打ちをした。


「くそ、なんでしょーじが……」

「もう他人事じゃないかもしれないね」

「当たり前だろ。しょーじは他人じゃない」

「そういうことじゃなくて、自分自身も危ないかもってこと」

「なっ……!?」


僕は手に持っていたものを刺しながら言った。余裕でいることなんてできないはずだ。しょーじが狙われるなら自分自身が狙われたっておかしくない。なぜなら、僕達は幼なじみでいつも一緒にいたんだから。

幸君から返事はなく、僕は黙ってその場を離れた。



そして、昨日と同じようにまた朝一から電話が来た。幸君が死んだ、と。

いつもの公園で死んでいたため、立入禁止になっている。そのため、公園に集まることもできなくなり仕方なくかっちゃんの家に集まった。


「一体どうなってんだよ、なんで幸まで」

「こうも連続だと俺達の身も危ないかもしれない。大人しく家にいた方がいいかも」

「そうだな」

「ねぇ、犯人探しはやるの?」

「正直、今は自分の身を守る方が大切かもしれない」

「それって犯人の思うつぼじゃねぇの」

「かっちゃんの言いたいことはわかるよ、わかるけど今は自分自身を守って。自分達が生きることが第一だよ」

「ッチ」


かっちゃんは舌打ちをした後、悔しそうな表情を浮かべた。


「今日はとりあえず大人しく家に帰るよ」

「わかった。気をつけて帰ってね、唯」

「ありがとう。2人も気をつけてね」


唯は、かっちゃんの家を出ると笑顔で手を振って扉を閉めた。かっちゃんと2人きりになり、沈黙が続いた。


「ねぇ、かっちゃん」

「なんだよ」

「警察が犯人見つけてくれるかな」

「今はそれを信じるしかないだろ」

「そうだよね。あー、なんか怖くなってこない?自分が次殺されるかもって」

「そりゃ怖いに決まってんだろ」

「そうだよね。ねぇ、かっちゃん。僕実は今から買い物に行かないといけなくてさ。着いてきてって言ったら、怒る?」

「はぁ……。仕方ねぇな、早く行って早く帰るぞ」

「ありがとう、かっちゃん」


僕は自分の家に戻り、鞄を手に取った。静かな部屋に


「いってきます」


と声をかけ、扉を閉めた。

家を出ると、かっちゃんが家の前で待っててくれた。


「お待たせ」

「さっさと行くぞ」

「うん」


いつもよりちょっと早足で歩くあたり、いくらかっちゃんでも怖いらしい。置いてかれないように僕もいつもより早足で歩いた。

僕がこのコンビニの近くにもう1つ公園あったよな、なんて思っているときだった。


「なあ、すー」

「どうしたの、かっちゃん」

「何を買いに来たんだ?」

「ただの夕飯の材料だよ」


公園を横目に見ながら答えた。答えに納得したのか、かっちゃんは


「そうか」


と答えた。

そこから、会話が徐々に減っていった。5人集まればもっとワイワイして、会話が弾んていたのにな。でも、流石幼なじみと言うべきなのか。その沈黙は別に居心地が悪く感じることはなかった。

スーパーで適当に野菜や肉を買い、帰り道またコンビニ近くの公園が目に入った。


「あそこの公園、たまに来てたよね」

「そうだな。なあ、ちょっと寄って行こうぜ」

「うん、僕も行きたいって思ってたんだ」


いつもの公園と同じようにブランコと滑り台。だけど、シーソーの姿はなかった。まあ、少し小さい公園だし仕方ない。昨日と同じようにブランコに座った。


「久しぶりだな、こっちの公園に来るの」

「そうだね」

「ここのブランコ、昔は取り合いだったよな」

「そうだったね。かっちゃんすぐ怒るんだもん。俺に譲れって」


僕達がよく行く公園には、ブランコが4つ。だけど、ここのブランコは2つしかなかったから、よく喧嘩していた。


「あの時はガキだったんだから、仕方ないだろ」

「今もそう変わらないよ」


そう、かっちゃんは今も昔も変わらない。それが良いことだという人もいるだろうし、悪いことだという人もいると思う。僕はどっちに思ってるかな。

僕は昨日と同じようにブランコから降りて、かっちゃんの後ろに落ちていた石を手に取った。そしてまた、意味もなくガリガリと書いていた。


「お前は、あんまりブランコ争奪戦にいなかったよな」

「3人に敵う気がしなかったから」

「なんだよ、それ」


かっちゃんは、笑いながら言った。

僕はガリガリと書いていた手を止めた。そして、手に取ったものを上に振りかざした。


「そこまでだよ」


声が聞こえ、後ろを振り向くと唯の姿。


「どうして唯がここにいるの」

「きっと次はここだと思ったから」

「……」

「前にすーが言ってたことを思い出したんだ。しょーじが殺された倉庫は、昔隠れんぼをして遊んでたってこと」

「それがどうかしたの」

「しょーじは、隠れんぼが得意でいつも見つからなかったって言ってたね。だから、倉庫なんでしょ」

「唯、どうゆうことだよ」


かっちゃんの言葉を無視して、唯は話を続けた。


「幸君が殺された俺達がよく集まる公園では、砂場があって幸君がすごいお城ばっかり作ってたって言ってたよね。だから、あの公園」


唯は僕達に近づきながら言った。


「かっちゃんは、ここのブランコをいつも奪い合ってたって言ってたよね。絶対に譲らなかったって。だから、次はここだと思ったんだ」

「次って?」

「もうとぼけても無理だよ、すー。しょーじと幸君殺したのは、すー、君だよね」

「何言ってんの、唯。なんで僕が」

「もう目の前でかっちゃんのことを殺そうとしただろ。持っているその石で。俺の前でやった時点で破綻してるんだよ」


僕は、近くにあったベンチに座ってため息をついた。


「かっちゃん、ごめんね。俺は君を危険な目にあわせてしまった」

「別にそんなことどうでもいい。なあ、すー。嘘だよな、お前が2人を殺すわけないよな」

「僕がやったよ」

「すー、お前なんで……」


かっちゃんは、僕の肩を掴み何度も揺らした。今にも泣きそうな弱々しい声だった。僕はもう一度ため息をついて、口を開いた。


「かっちゃんは赤。幸君は青。しょーじは黄色。唯は白」

「何言って」

「じゃ、僕は何色なんだろうね」

「それとこれ、関係ないだろ」


かっちゃんは声を荒らげた。今にも殴りかかりそうな勢いだった。


「かっちゃん、今はすーの話を聞こうよ」


唯は、かっちゃんをなだめながら言った。


「僕は昔、自分の色を白だと思ってたんだ。でも、唯と出会って僕以上に白がぴったりだと思ったんだ。じゃ、僕は何色なんだろう。何度も考えたよ」


唯の雰囲気、どんな人とも馴染める心。まさに白だと思ったんだ。


「それで今までは黒だと思ってたんだ。こんなことなんの躊躇いもなくやれたから。悪に染まってるって思ったから」


前からなんとなく感じていた自分の闇。どんな楽しい時もどこか空っぽのような気分になっていた。


「でも、違ったんだ。大切な物を失えば苦しむとか、本当に悪に染まってればそれすら面白く感じるのかなって思ってたんだ。だけど、何も感じないんだ。辛いとも、苦しいとも感じない。面白くも感じない」


なんのためにこんなことをしたか。

全く無意味じゃないか。

このことを試すために2人を殺したのに。

大切なものを失うために。


「僕は心がなかったんだ。僕は無色だ。透明だ」


こんなことを知るぐらいなら、試さなければよかったのかもしれない。僕はなんのためにここにいるのかさえ、わからなくなってしまった。


「これからどうする気なの、すー」

「どうしようもないね。どうしよっか」


僕はへらっと笑い、考えるようなポーズをとった。


「警察んとこ行けよ。どんな理由があっても、幸としょーじを殺したことは一生許さねぇぞ」


今まで見た中で1番の怒りの表情だった。目に涙を溜めながら言うかっちゃんは、それほど2人のことを大切に思っていたんだろう。


「怖いよ、かっちゃん。……ってこの怖いっていうのも本物かわからないね」

「すー」

「なに、唯」

「俺も許せない、すーのやったこと。だけど、言いたいことがある」

「言いたいことって」


どんな罵声を浴びせられるのか。どんな口調で言われるのか。僕はそう思っていたけど、唯の言葉は想定外だった。


「僕を4人の中にいれてくれてありがとう。すーが輪に入れてくれなかったら、俺はみんなに出会えなかった」


そんなこと、何も覚えていなかった。いつから唯が仲間に入ったとか、どうして唯が僕達と一緒にいるようになったかとか。

きっと唯の中では輝いている思い出なんだろう。


「それにすー。透明は、悪い色じゃないよ」

「何言ってるの、唯。僕は何色にもなれないんだよ」


色は混ざれば他の色に変わることが出来る。透明の僕は、何色にもなれないんだ。ずっと透明のままなんだ。


「なれるよ」


唯は公園にある水飲み場の水道を捻った。そして、口の部分を指で押し水は上に放たれた。光に反射した水は輝いて見えた。


「透明だって、輝くでしょ」


唯は、そう言って笑った。僕はなぜか涙を流していた。なぜかわからないけど、止める気配のない涙に自分自身も驚いた。

どうして涙が流れているのだろう。

何も悲しいこともないのに。

ただ、光に反射した水を見ただけなのに。


「すー、まだ俺達は子供だ。何度だってやり直せる。遅くなんかないんだよ」

「唯、僕はまだやり直せるかな」

「うん、やり直せる」

「すー」

「かっちゃん」

「俺も待ってるから」


そう言って、かっちゃんは僕の肩に手を置いた。


「僕、やり直すよ。透明でもきっと大丈夫って思えたから」


僕が2人にそう言うと嬉しそうに笑った。

僕は、少しここにいてから警察のところに行くというと2人は静かにその場を離れた。2人の姿が見えなくなった時、僕は、俺はまたため息をついた。


「案外つまらないやつらだったな」


俺は、濡れた地面を見ながら言った。


「確かに透明でも輝いていたな、あの水」


独り言のようにボソッと言った。


「でもさ、透明が輝けるのは光のおかげだろ。光がなくなったら、なんでもない。人の目にすら映らないんだ」


この地面を濡らした水のように。

コンクリートは、色が濃くなっている。

輝くどころか汚しているじゃないか。


結局のところ、唯が言ったことは綺麗事だ。俺を納得させるための綺麗事だ。

今までの僕だったら、きっとわかってくれるって思っていたんだろ。でも、違うんだよ、唯。俺は自分自身を隠して僕として生きていたんだ。崩れかけている心を必死に隠して、少しでも修正できるように俺自身を見せないようにしていたんだ。誰かが俺に気づいてくれたら、何か変わるかもしれないって希望を抱きながら。

でも、 結局2人とも気づかなかった。俺の姿に。何も知らないくせに、なんであんなことを言えたのだろう。この姿を最初に見せたのは、しょーじだった。


「お前、本当にすーなのか。別人じゃないのか」


しょーじの驚いた顔を思い出したら、なんとなく笑えた。


「別人なんかじゃない、ずっと俺は俺自身を隠していただけだよ」

「どうして、そんなことを……」

「だって、みんな急に変わったら驚くだろ。そして、きっと少しずつ俺達の中に溝ができるだろ。そんなことはしたくなかったから」

「そんなことで溝なんてできるわけないだろ。俺達の仲はそんなやわじゃないだろ。ずっと一緒にいたんだ、今更急に仲が壊れることなんてない」

「あるんだよ、突然壊れることは」


俺自身がそうだったんだから。突然壊れた心はなかなか修正できなくて。何日、何ヶ月、何年かけても直らないんだから。


「なあ、すー。俺をどうする気だ。こんなことを俺だけに言うのには理由があるんだろ」

「そうだね、理由ならあるよ」

「なんだよ、すー」

「僕のために、俺のために消えてくれ」

「何言って……」


ナイフとしょーじの距離が0になったとき、しょーじの言葉は途切れた。異様に早くなる鼓動を抑えながら、倉庫を去ろうとしたときだった。


「待てよ、すー」


しょーじは、這いつくばりながら足を掴んだ。


「しょーじ、やめてよ。こんな姿見たくない」

「俺で最後にしろよ、他のやつらには手を出すなよ」

「それはしょーじが決めることじゃないよ。俺が決めることだ」

「あぁ、そうだろうな。お前が決めることだろうな。でもな、すー。俺にも気持ちってもんはあるんだよ」


額に汗をかき、顔色を悪くしながらニッと笑った。


「どうでもいいよ、そんなこと」


なんとなく心にひっかかるしょーじの言葉を断ち切るように俺はしょーじの手を無理やり離した。


「おい、すー」


消え入りそうな声を無視して、僕は倉庫の扉を閉めたのだった。


あのしょーじの言葉が心を揺らがしたとは思っていない。だけど、妙に引っかかっていた。あのときはなぜなのかわからなかったけど、今思えば羨ましかったんだと思う。『気持ち』という言葉は、心があるからこそ言えるものだから。心があるって自分で言えることが羨ましかったんだ。


幸君も言うのかな、そう考えたらしょーじのときみたいに話す余裕なんてものはなくさなければと思っていた。これは妬みなんだろうか。怒りなんだろうか。心なんてないはずなのに、こういうことだけは思うんだなって俺は自傷気味に笑った。どうせなら、楽しいとか嬉しいとかそういうプラス的なのがよかったな、なんて思っていた。


幸君は、決めた通り話す余裕もなくしてこの世を去った。最後に何か言いたかったかな。言いたかったんだろうな、きっと。ごめんね。心の中でそう呟きながら公園をあとにしたのだった。

本来なら、かっちゃんもそうする気だったらんだけど、それはできなかった。もう一度、試そうなんてことは思わなかった。きっともう一度試したら、できるだろう。なんとなくそんな気がしていた。でも、そんなことはしない。唯の言葉に心が揺らんだからではない。

ただもう疲れていたのだ。


「結局俺は何にも変われない無色透明なんだから」


もうこんな世界ともお別れの時だ。

腹部に感じる激しい痛みと苦しさを感じながら倒れた。

しょーじも幸君もこんな気持ちだったのだろうか。

俺は水で濡れた地面と自身の赤い体液が混ざり合うのを横倒れながら見ていた。

そんなとき、走馬灯のように思い出していた。あのときの話を。


『かっちゃんは赤。幸君は青。しょーじは黄色。唯は白。それなら僕は透明だ』


俺は、僕は、重たい瞼を閉じた。




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