第18話  銃と剣

 春日がパーティー会場を後にしからたっぷり二時間ほど経ってから、ようやくハンス・ミュラーは動き出した。


                  ※


 その間、俺は十分奴を観察することが出来た。


 堂々とした態度、卵型の顔に柔和そうな表情、鼻の下で立派に跳ねた髭。身に纏っている物も超一流。なかなかの貫録を出していた。

 誰とでも快活に話し、常にスマートで紳士的に振舞っていた。それらは一朝一夕では身に付かない、生まれながらにして上流階級に属している人間のものだ。しかし貴族的なもったいぶった優雅さではない。ある程度の粗野さ、大らかさは急伸的な上層ブルジョアなところからきているんだろう。

 しかも話を交わす相手が結構な大物ばかりだった。軍関係や財界人、そして議員たち。ヨーロッパの巨大重工業企業の社員とはいえ、随分と幅を利かせている。


 それに、ハンスにぴったり付いて回っている軍服の男も気になる。身辺警護の者なんだろうが、どうも嫌な雰囲気を醸し出している。そういや、半魚人を始末しに来たドイツ軍人と、似た感じだ。迂闊に近寄らない方がいいかもしれない。


                  ※


 移動を始めたハンスと軍人の後を追って、俺もホールを出た。

 帝国ホテルの玄関口に待たせてあった立派な箱馬車に二人は乗って出発した。

 俺は慌てて、次にやって来た辻馬車を止めて乗り込み、馭者に前の馬車を追うように言った。


「旦那ぁ、前の馬車の行先、知ってるんですかい?」

 しばらくして、馭者が背後から訊いてきた。

「いや。とりあえず、つかず離れずでいてくれ」

「もしかして、探偵さんかい?」

「余計な詮索はしない方がいい」

「へいへい」

 馭者は訳知ったりといった感じで黙ってしまった。その方がこっちとしてもヘタなこと話さなくて済むから都合がいい。それに聞かない方がいいこともある。


 しかし、あの馬車はいったいどこへ向かってるんだ? 真っ直ぐドイツ公使館へ行くのかと思いきや、どうやら違うらしい。

 それにしても寒いな。前の馬車は箱型だからいいが、こっちは吹きっさらしだから風が冷たい。俺は帽子を目深にかぶり、外套の襟を立てた。


「あれ、旦那」

 不意に、馭者が不穏な声を上げた。

「どうした?」

「前の馬車が・・・」

 ハッと前に視線を向けると、ハンス・ミュラーたちが乗る馬車の扉が開き、軍人らしからぬ長い金髪を夜風になびかせた男が、体を乗り出していた。


 気付かれたか⁉


 そう思った瞬間、男は馬車から身を宙に躍らせた。

 ハッとして俺は腕を前に突き出し、ピースメーカーを右手に召喚したが、既に金髪の男は眼前の馬の背にまで辿り着き、サーベルを抜いて切りかかってきた。


 空中を飛んできた?


 男の刃はピースメーカーを握る俺の右腕を狙って振り下ろされた。しかし腕に到達する前に、馬が突然の出来事に驚き、大きくいなないて体をのけ反らせ暴れ出した。

 馬の背に立っていた男は態勢を崩し、急停止した車体は前のめりに馬に突っ込んだ。

 俺は馬車の座席から飛び出し、地面を転がった後に体を起こし膝立ちで拳銃を構えた。

 目の前では馬車が横転し、馭者が「畜生ぉぉ!」と叫び声を上げた。


 しかし、サーベル男の姿が無い。


 ゾクリと背筋に悪寒が走り、咄嗟に上を見ると、金髪男が夜空から俺の頭目がけて剣を立てて落ちてきた。


 銃は間に合わない。


 全力で俺は前転してかわしついでに、地面にサーベルを突き刺して着地した男に向かってピースメーカーを一発ブチかました。

 無茶な態勢からだが距離が無かったせいで命中、するはずだった。しかし弾丸は空中で見えない壁に当たったように弾かれた。


 術か!


 俺はすぐさま立ち上がって距離を取り、次弾を撃とうとしたが、驚異の速さで男は剣で追撃してきた。


 近すぎる。


 止む無く俺はピースメーカーを戻し、日本刀を召喚した。

 コノヤロウ、お望み通り、剣戟で相手してやるぜ。

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