第六章 窮追

第1話 反逆


《なるほど。要するに、キリアカイ不在のところを、家臣どもに狙われたということか》


 空飛ぶガッシュの背中の上で、俺は腕組みをし、これまでに彼から聞いた話を頭の中で反芻していた。

 

《まっ、そーゆーこと。宝物庫にはあのオバハンがガッチリ保護魔法を掛けてるから、開けられなかったみてえだけどなー》


 今回のことで、キリアカイの家臣たちはとうとう主人を見限ったということらしい。

 そもそも、金だけでつながっていた関係だ。領民たちが次々に流出しはじめ、それをキリアカイが押しとどめられなかった時点で、彼女の求心力が低下するのは当然のことだっただろう。


 家臣たちは持てる限りの財産を持ち、家族ともども騎獣に乗って大慌てでキリアカイ領の首都を後にした。キリアカイと顔を合わせないために、それこそ必死で逃げ走ったものだろう。それはまるきり、沈む船から鼠が逃げ出すさま、そのものだったに違いない。

 彼らはすでに、北西部や南東部、それに魔王領へ入るための関所に詰めかけ、入国の許可を求めて大いに騒いでいるらしい。

 俺はガッシュから聞いたことをそのまま、後ろから騎獣でついて来ているゾルカンやフェイロン、ヒエンたちにも伝えた。

 ゾルカンとフェイロンは、先ほどから難しい顔で黙って聞いている。


《それで? いま、キリアカイは》

《自分の城の中で、めっちゃヒステリー起こしてる。あー、オレ、やだなあ。あいつの近くには行きたくねーわー》

《……うん。まあ、無理するな》


 できることなら、俺とてそれは御免こうむりたいところだ。しかし今の立場上、そういう訳にもいかなかった。

 そうこうするうち、寒風の中にたたずむ北東の首都が見えてくる。

 背後に雪を冠した山々の連なる大地に、石造りの都市が造られていた。中央部にある輝くばかりの城は、金銀宝玉に彩られたまばゆい建物だ。

 北方であるだけに、周囲を取り巻く畑地はまだ凍り付き、種まきをする人々の姿も見えていない。

 俺たちはそこへ向かって、静かに降下していった。


 ──と。


 ドドオオオン──。


 キリアカイの城にある尖塔の一つから、地響きを立てて爆音がした。石造りの塔の側面がばくりと破壊され、壁面の石がばらばらと地上に降り注ぐのが見える。

 もうもうと巻きあがった砂ぼこりの中に、きらり、きらりと魔撃によるものらしい耀きが走っていた。


《ガッシュ。あそこへ》


 俺はそう頼んでおいて、口の中で<空中浮遊レビテーション>の呪文を唱え始めた。魔族の国に来てからこっち、俺は時どきにギーナから魔術の指南も受けてきている。彼女ほど華麗にはいかないけれども、基本的なものであれば、それなりに詠唱できるようにはなっていた。

 隣でギーナも同じ呪文を唱えている。

 ガッシュがぐるりと一度旋回し、尖塔の側面へ急接近したタイミングで、俺はガッシュの背を軽く蹴った。

 体がふわりと宙に浮く。ギーナがそれに続いた。

 ヒエンやギガンテ、フェイロンやゾルカンたちも同様にして次々に尖塔の中へと飛んでくる。ヒエンにはシャオトゥとマルコが、そしてギガンテにはライラとレティが、それぞれについてきていた。

 <レビテーション>の使えない御仁たちは、他の少年少女を抱えたままで、なんと直接、騎獣の背から尖塔へ飛び移っている。

 他の兵らも同様だ。


「ふぎゃああ!」

「きゃあああっ!」


 というのは、もちろんレティとライラの悲鳴だった。

 二人とも、必死で太いギガンテの首にかじりついている。

 正直、俺としては、敵地であり、危険なことでもあるのだし、そうまでしてついてこなくてもいいと思うのだが。

 しかし「今度は絶対にヒュウガのそばを離れない」という彼女たちの意思は、まことに岩よりも硬いのだった。その気持ちはありがたい。


 俺たちは三々五々、自分たちを守るための<魔力防壁シールド>を周囲に発生させて、慎重に建物の中へと足を進めた。


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