第12話 魔獣の種


「まあ、ねえこっちゃねえよ」


 フリーダの言葉を遮ったのは、ガイアだった。

 男は岩に腰かけたミサキの背中を守るように、その背後にぬっと立っている。


「『魔獣の種』ってやつがあってよ。魔獣の種類にもよるが、たまに奴らはそれを使って、生き物の身体に寄生しやがる。ほら、こっちにもそういう虫が居んだろ? 他の生き物の体に卵を産み付けて、そいつの体を食い破って出てくるような奴がよ」


(ああ、そういえば)


 俺の居た世界にも、そういう昆虫は生息していた。確か蜂の仲間に何種類かいたはずだ。彼らは宿主になる他の昆虫の体に卵をうみつけ、その幼虫は宿主を餌とする。その過程では殺しはしないが、やがて成虫になるときには宿主をすっかり食い散らかして殺してしまう、捕食型の寄生行為をおこなうのだ。

 ガイアが説明したのも、大体はそれと似たような内容だった。ただしこの場合の寄生捕食者は魔獣であり、宿主は人間ということなのだが。


「魔獣の種を産み付けられた奴は、最終的にはそいつに中身を食われて死んじまう。ちょうどそんな感じで、傭兵の野郎の身体から魔獣が出て来たとこを見たことがある」

「しかし、あの村人の男はこれまで、魔獣に遭ったことなどないのですぞ。奥方がそのように証言しておりました。これまでに魔獣の種を植え付けられる機会など、なかったはずでは?」


 口をはさんだのはフリーダの側近の男だ。

 村人の一家と怪我をしたマリアを村へ送り届けた一団は、あれからすぐに合流してきた。彼らを送るついでに、ここまでの状況についてもある程度情報を得てきたということらしい。

 それによると、男もマリアもまだ目を覚ましてはいないということだった。


「もし、本当に以前に接触がなかったとなると、逆に、より困った状況が考えられます。そちらの方が、わたくしたちにとってはるかに問題となるでしょう」

「どういうことよ」


 普段と何ら変わらぬマリアに対して、ミサキは明らかに動揺していた。先ほどから、さも苛々したように親指の爪をかちかち噛んでみたり、しきりに自分の髪を触ったりしている。


「さっさと言いなさいよ。こんなとこで勿体もったいぶったってしょうがないでしょ」

「別に、勿体ぶってはおりません。つまり、非常な魔力を備えた何者かが、ヒュウガ様を狙ってあれら魔獣を放ってきている可能性がある、と申し上げたいのです」

「なんだと……?」


 フリーダの目が険しくなる。

 デュカリスやマーロウたちも同様だった。

 俺の背後にいるギーナやフレイヤたちも、表情は変えまいとしているものの血の気を失った顔をしている。


「もちろん、北の防御は確かなものです。下位の魔獣風情がそうそう這い出てこられる隙などありません。しかし、非常に高位の魔族が関与したとなれば話は別です。しかも、ヒュウガ様だけをピンポイントで狙うとなれば、さほど難しいことでもありません」

「…………」

「小さな『魔獣の種』を、ヒュウガ様の進路にいる誰かの体内に転移させる。ダークウルフについても、同様のことをおこなった可能性がありますわね。お気の毒なことですが、どうやらその過程で相当数の旅人や、村人が犠牲にされたものと思われます」


 一同はもはや、無言だった。

 みな一心にマリアを見つめ、厳しい目になっている。


「けれども、物体を空間転移させるというのは、非常に高次の魔法です。しかも、北の魔力障壁をかいくぐってとなればなおさらです。術者は相当なレベルだと申せましょう」

迂遠うえんだぞ、マリア」

 フリーダが鋭く遮った。

「いい加減にしろ。曖昧な話は聞きたくない。時間もない。率直に言え。それはだれだと思っているんだ、そなたは」


 その眼光は厳しくマリアを射抜いている。

 マリアは笑った。殺気に近いものを浴びせかけられているというのに、この女は特に動じる風もない。どう見ても、それは世間話をするときのような、普通の笑顔でしかなかった。


「……特に、確証はないのですが」

「いい。言ってみろ」


 そこから、ほんの数瞬の沈黙があった。

 マリアの視線が、なぜかまっすぐに俺を射抜いてきた。顔は間違いなく笑っているのに、瞳は決して笑っていない。


「……魔王、マノン。あるいは、その側近、四天王のうちのいずれかの者……でしょうか」


(マノン……?)


 ぴりぴりっと耳の後ろあたりに電気が走ったような感覚があった。


 マノン。

 マノン……?


 待て。

 その音の響きには、覚えがある。

 もっと言えば、俺の知っている奴の名前にひどく似ている……気がする。


──『まにょんちゃ~ん』。


 あちら世界で聞いた、あのいじめっ子どもの下卑た笑い声とともに、それが耳の中に再生された。


(いや、しかし──)


 「まさか」という思いの方が強くて、俺はただ黙っていた。

 マリアの静かな声がした。


「……ヒュウガ様。お心当たりが?」

「いえ……。そうでは、ないのですが」


 そこで俺は、フリーダとその側近、それに赤の勇者メンバーたちが今まで以上に厳しい目で俺を見据えていることに気付いた。

 それで悟った。

 この場で俺が、不審な態度を見せるのはまずい。「何か隠し事をしているのでは」と疑われては、今後の作戦上、大きな障害になるはずだった。

 ここにいる人たちはみな、この先もしかすると、俺と共に戦ってくれる「仲間」になりうる人たちだ。ここで何かを誤魔化しているとか、だましているとかと疑われるのは非常にまずい。

 俺は一つ息をついて、覚悟を決めた。

 そうして場の一同をゆっくりと見回して言った。


「あちらの世界で、よく似た名前の人間を……知っていました。自分がこちらに来る寸前まで、一緒にいた人物です」

「なんだと──」


 フリーダのひと言は、その場の皆の思いを代弁したものだっただろう。


「あの時、俺はあいつを助けようとして……多分、自動車事故に巻き込まれた。その後のことは覚えていません。気が付けばこの世界にやってきていた。目が覚めた時には俺一人でしたし、これまではずっと、あいつがこちらに来ているはずもないと思い込んでおりました」

 自動車事故うんぬんについては、ミサキはともかく、この世界の人たちに理解できるものではないだろう。ということで、俺はごく簡単に説明を加えた。


「……それで、そいつは」


 何者だ、とフリーダの鋭い目が訊いている。


「俺と同い年の……男です。名を、真野と。真野敦也まのあつやと申します」


 場の一同が、しんと静まり返った。


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