第11話 疑惑
(どういう意味だ……?)
怪訝になっただろう俺の視線を受けて、やはり淡々とマリアは言った。
「ヒュウガ様。先ほどの魔獣ですが。あなた様に、何か申しておりませんでしたか? 周囲の皆さまは、それをお聞きには?」
「ああ。そう言えば」
答えたのはギーナ。
「なんかしきりに、ヒュウガに『早く来いよ』って言ってたわねえ。やたらにねちっこい感じでさ。なんか滅茶苦茶、ヒュウガに
「あー、そうにゃったにゃ~。なんか、子供みたいな奴だったにゃね?」
いや、レティには言われたくないと思うが。
「そうね。なんとなく、男か女かちょっとわからない感じでしたね?」
ライラも首をかしげて言う。
ギーナが豊かな胸の前で腕を組み、俺を見た。
「あれ、何だったの? まさかとは思うけどさあ、もしかして、あんなのと知り合いなの? ヒュウガ」
「いや。まさか」
即答した。
いくらなんでも、あんなものを知り合いに持った覚えはない。
マリアが表情を変えないまま、一度みなを見回した。
「ともかくも。今回の捜索で、魔獣に行き会ったのはこちら青のパーティーのみでした。前回のダークウルフの件もそう。あのときは同じ村に赤の勇者様がたもおられましたが、もしもあれがヒュウガ様を狙ってのことだったとしたら……? そう考えれば、
「なんだと……?」
フリーダの目がぎらりと光った。
青のパーティー、赤のパーティーの面々の目が、再び一斉に俺に集中する。
「どういうことだ、ヒュウガ。そなたまことに、そやつと関係はないのか?」
「ありません。というか、魔獣を見たこと自体、これがまだ二度目です。人語を話す者に行き会ったのも、これが初めてですし」
「いや、しかし──」
一同はしばらく、怪訝な様子で目を見かわした。特に赤のパーティーの男性陣は、やや疑いのこもった目をしているようだ。ある程度俺と付き合いのあるガイアやデュカリス、ヴィットリオはさほどでもないけれども、マーロウやアルフォンソ、ユーリの目は厳しかった。
マリアがひと通り、みなの表情を観察してから「ともかく」と声をはさんだ。相変わらずの穏やかな声だ。
「ここでは落ち着きませんわ。あのあとで、すぐに似たような攻撃があるとは思えませんが、こちらは遮蔽物がなさすぎます。ひとまず、場所を変えましょう。同じようなことが起こって村人のみなさんに迷惑を掛けてはいけませんので、村へは戻りません。よろしいですね?」
マリアのその言葉に、否やを言える者はなかった。
◇
「ですが、よろしいのですか。そちらの村にお戻りにならなくても?」
リールーの背中の上で、俺は先ほどから疑問に思っていたことをマリアに訊ねた。すでに皆、それぞれの騎獣に乗って上空にいる。
「あら。まったく構わないのですよ? もともと、あなた方がこちらへいらっしゃるのでしたら、交代するつもりでおりましたし」
「え?」
目を丸くしたであろう俺を見て、マリアはふふっと軽く笑った。その顔は、もとのあのマリアと寸分たがわぬものである。
「お気づきではありませんでしたか? そもそもわたくしたち『システム・マリア』は、もとの担当地域からあまり離れないようにしているのです。最初にあなた様にお会いしたマリアのほうは、ヴァルーシャ宮にて交代させていただきましたし」
「ええっ?」
「ほんとにゃ?」
これには、後ろにいたライラとレティも驚いたようだった。
「そればかりではございませんわ。あちらこちらの町や村で宿にお泊まりになった時、わたくしの姿が少し見えなかったことがございませんでしたか? あれはちょうど、わたくしたちが交代をしていたからなのですよ」
(なんだって──)
言われてみれば、確かにごくたまに、マリアが姿を消している瞬間があったような気がしなくもない。そもそもあまり目立つ言動をする人ではないため、こちらもさほど気に留めなかったのだったが。
しかしまさか、そういうシステムだったとは。
「わたくしで、すでに都合、六人目ということになりましょうかしら。とは言え、特に変化などはございませんので。どうぞみなさま、今まで通りにお付き合いいただければ嬉しゅうございますわ」
ころころと笑って、レディとしての会釈をされる。俺たちは一様にぽかんとして、そんなマリアを見つめていた。
そのままマリアの指図により、俺たちは魔獣の出た場所から北西へ小一時間ほど飛んだ。山々の起伏が次第に険しくなり、森の深くなった地域である。その中に、少し台地になって開けた部分が見えた。マリアがそこを指さして「あそこへ」と指示を出す。
リールーにそう伝えて降下すると、それに倣ってミサキたちのパーティーのマインとプリンが、さらに近衛騎士団のドラゴンたちが舞い降りていく。
フリーダの指示ですぐにその場で野営の準備が始まった。
ライラとレティ、アデル、それに赤パーティーの年少組の少年二人は、すぐに食事の準備のため、狩りや木の実の採集をしに森に入っていった。近衛騎士団の中にも同様の担当をする者がいるらしく、数名が同行してくれるらしい。女性と少年だけのグループでうろうろするよりずっと安全におこなえるだろう。こちらとしてはありがたい話だった。
ほかの騎士たちもそれぞれに、ドラゴンに乗って水くみに行く者、火を起こす者、野営用の天幕を張る者などの担当が決まっているらしい。
「では、あらためて話を聞こうか」
野営の準備をする人々から少し離れた岩に腰かけ、まずはフリーダが切り出した。そばにはいつもの側近の武官がひとりいるだけだ。
俺たち「青パーティー」からは俺とマリア、それにギーナ。
「緑パーティー」からはフレイヤとサンドラ。
そして「赤パーティー」からは年少組の少年以外のほぼ全員。
まずはマリアからの要請で、俺は先ほどの事件の概要をあらためてみなに語って聞かせた。
フリーダは唇を真一文字に引き結んで顔色を変えなかったが、ミサキはぞっとしたように青ざめている。特に例の黒い
「なによ、それ……。マジなの? じゃあそれって、ほんっとにあんた一人を狙って来たってことじゃない?」
フリーダは一瞬だけ、そんなミサキをじろりと蔑むような目で見た。が、彼女は敢えてそちらから視線を外し、俺に向き直って言った。
「しかし、一体どうやって? ほかの地域で同様のことが起こっていない以上、これは単発で起こった事態だとは言えそうだが。魔獣が人の身体から現れる……というのは、どうも
「まあ、ねえこっちゃねえよ」
フリーダの言葉を遮ったのは、ガイアだった。
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