第9話 反撃 ※
「きゃああああっ!」
ライラの悲鳴があがった。
が、襲われたのは彼女ではなかった。ほとんど炭化した魔獣の首は、その歯にがっちりとマリアの体を咥えこんでいた。
不思議なことに、マリアはまるで人形のように無表情だった。特に抵抗するでもなく、軽い身体を振り回されて地面に叩きつけられても、ただされるままになっている。魔獣の牙がその細い身体にギリギリと食い込んで、彼女の修道服が赤く染まり始めた。
「貴様ッ……!」
俺は眼前の黒い霧に向かって思い切り<青藍>を振りぬいた。が、何の手ごたえもなかった。
『お前でもそんなに焦るんだね。そういう顔をもっと見せろよ。いいねえ、いいねえ。ゾクゾクする。楽しーい』
俺は奥歯を噛みしめてそいつを睨みつけた。
そうだ。これはただの
ぱっと振り向き、マリアに食らいついている魔獣に向かう。と、今度はそいつは地面に倒れたマリアの身体から口をはなして、すぐそばにいたライラに飛び掛かった。
「ライラっち!」
レティが叫び、「シャアッ」と猫の威嚇音を発して獣の目をめがけて襲い掛かった。が、彼女の爪は紙一重の差で空を切った。ライラはただ棒立ちで、そいつの口に並んだ真っ黒な歯が迫ってくるのを、むしろぼんやりと見ているだけだった。
「フッ……!」
すんでのところで、そいつの頭部を両断する。ほとんど真っ黒な炭になった大きな首が、ぱかりと袈裟に割れて地面に落ちた。どうっと周囲の空気を震わせて、ギーナとフレイヤ、サンドラが魔法攻撃を開始する。
あっという間に、それは本当にただの消し炭となって、跡形もなく蒸発していった。
見ればもう、先ほどの黒い霧のような奴の姿はどこにもなかった。まあ、あんなものはどうでもいい。どうせあれは、奴のカメラのようなものに過ぎないのだから。
「マリア! マリア……! しっかりしろ」
その傍らに膝をつき、俺は彼女を抱き起こそうとした。が、あまりの状態に息を呑む。どこから手をつければいいかも分からなかった。
マリアの身体は、噛み痕のところから裂け、ほとんどぶらぶらになっていた。胴体が斜めに引きちぎられ、左腕は今にも落ちそうな状態だ。目は半分開いているが、すでにそこに生気はない。
フレイヤとサンドラは、残った魔獣の身体を同様に焼き尽くし、蒸発させることに集中している。ライラとレティ、それにギーナが周囲をとり囲むように集まってきた。
「だ……から、言った、では……ありません、か」
途切れとぎれにそう言って、マリアは血みどろの顔で少し笑った。
俺の奥歯はぎりぎりと
「すまん。こんな……」
この場にマリア以外の<
つまりマリアが
「とにかく、止血を。治療を──」
言いながら、俺はヒール用の緑色をした
「ムダです。……間に合い、ません」
「しゃべるな! いいから、早く飲んでくれ」
「いいえ。……もったい、ない……」
「頼む! マリア……!」
「い……け、ません……」
それを最後に、マリアはことりと動きを止めた。もともとあまり感情を乗せないその瞳が、開いたままで無生物のそれになっていく。瞳孔が開きだし、やがて何もかもが停止していった。
「マリア……!」
「いやあっ……! マリアさま。マリアさまあああっ!」
絶叫したのはライラだ。彼女はもう両手で顔を覆い、その場にへたりこんでいる。ギーナとレティはその隣で呆然と立ちすくんでいた。
その時。
のほほんとした声が俺の耳の中に響いた。
《だいじょうぶなのー。もう、お姉ちゃんたちが着くからねー》
リールーだった。
《なんだって? リールー、今、なんと?》
《だから、フリーダ様たちだよー。あっち側の赤い勇者さまたちも、もう戻ってくるのー。ヒーラーのひといっぱい、大丈夫。これならきっと、間に合うのー》
はっと顔を上げれば、西と東からこちらへ迫ってくるいくつもの飛影があった。
西からは赤のパーティー。東からはフリーダ率いる近衛騎士団だ。彼らはあっという間に畑地に舞い降りると、がちゃがちゃと鎧を鳴らしてこちらへ駆け寄ってきた。
「貸せ! 話はシエラから聞いている」
「自分たちにお任せくださいませ、ヒュウガ殿。我らみなの力を合わせれば、きっと間に合いましょうほどに」
フリーダとマーロウがそう言って、俺の腕からマリアの体をほとんど奪いとるようにして受け取った。
幸いにして、聖騎士団のほとんどはパラディンだ。彼らは本職の<
男の体にすがっていた奥方や娘たちを
と。
「さあ、あとはお任せを。ヒュウガ様」
(え……?)
マーロウの後ろから柔らかな女性の声がして、俺は耳を疑った。
それは、マリアの声だった。
見ればそこに、修道服を着たマリアがいた。膝をついてこちらを見ている。俺は腕の中の血まみれのマリアを見下ろし、再びその女を見つめて絶句した。
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